BOOK「垂直の記憶 ~岩と雪の7章~」

suityokunokioku.jpg 垂直の記憶 ~岩と雪の7章~
 山野井泰史著
 (山と渓谷社:1,500円+税)
 ISBN/ASIN:4635140059
 
 
 
山野井泰史が書いた本をはじめて読んだ。そもそも、山野井が自分で本を書くなんて思ってもいなかった。それは、多くの人同様に、山野井があまりにもストイックで、寡黙で、ある意味で偏屈な人間だと誤解していたからだ。
この本は、18回におよぶヒマラヤの巨壁に挑み続けた記録を、山野井自身がまとめている。前半は8000m級の山々に、あるときは少人数で、あるときは単独で、アルパインスタイルにこだわりながら登り続けた記録。文字通り、超人的としか言いようのない体力と気力、そしてテクニック。冬季アマ・ダブラム西壁新ルート単独登頂、チョ・オユー南西壁新ルート単独登頂、レディース・フィンガー南壁初登・・・ヒマラヤの高所にある巨壁での幾多の快挙。山野井は世界のトップクライマーの仲間入りした。
しかし、この本の真価は苦難に満ちた後半部にある。後半は一変して「遭難本」にでもなったかのような印象を受ける。「遭難本」は雨男が勝手に使っているジャンル分けだけど、これで雑誌「山と渓谷」にも紹介されたことがある。・・・マナスルで雪崩に遭遇したあたりから、山野井の何かが狂いはじめたような気がする。もちろん、その後もK2南南東リブから単独無酸素初登、ビャヒラヒ・タワー南ピラー初登という実績も残している。しかし、何か輝きを失っていたように思うのは気のせいだろうか。
3年前の今日、2002年10月5日、妻・妙子(日本人女性トップクライマーのひとり)とともに挑んだギャチュン・カン北壁では、山野井自身は第2登を果たしたものの、下山時に度重なる雪崩に遭遇し、氷点下数十度で何度もビーバクを強いられ、飲まず食わずで自力下山。あまりにも壮絶すぎる遭難記録で、よく生きて帰ってきたものだと思う。山野井夫妻だからこそ可能だった超人的脱出だったのは間違いない。
このところ更新していないけど、ちょっと自慢のコンテンツ「山の図書館別館資料室登山史年表」を作りながら、山野井がギャチュン・カンで苦難を舐めたことは知っていた。手の指数本と右足の指すべてを凍傷で失ったことも雑誌の記事で読んでいた。でも、山野井が引退するなんて考えもしなかったし、やがて山野井が復活するのは当たり前のことだと思っていた。
・・・「あとがき」を読んでホッとした。本当に山野井泰史は復活する。

●いままでに読んだ山の本は「山の図書館・アメダゼ文庫」を見てください。

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