山の図書館別館資料室「登山史年表」



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■昭和 戦前編■
1926年
大正15年
昭和元年
1月、慶応大の青木勝らが、厳冬期の北アルプス・剱岳に初登頂。案内人として佐伯亀蔵が同行 ◆12月25日、大正天皇崩御
●3月26日、D・ダロス、D・アルマン・テリエが、アルプスの難峰ラ・メイジュの冬期登攀に成功
◆8月、穂苅三寿雄らが、槍ヶ岳に肩ノ小屋(現・槍岳山荘)を建設
8-9月、秩父宮殿下一行が、スイス・アルプスで登山を行い、マッターホルン(4478m)に登る。槙有恒、松方三郎、藤木九三らが随行
1927年
昭和2年
◆沢渡〜上高地間の釜トンネルが開通 ◆3月7日、北丹後地震
◆3月15日、金融恐慌
◆5月28日、第一次山東出兵
◆7月24日、作家・芥川龍之介服毒自殺
◆6月20日、報知新聞社の招きにより、ノルウェーの極地探検家アムンゼンが来日。各地で南極点到達についての公演を行う。6月22日に天皇に謁見し、7月初めまで滞在
7月18日、京大山岳部の高橋健治ら5名が、北岳バットレス第五尾根を完登(北岳バットレス初登攀)
◆各国のヒマラヤ遠征や探検の便宜を図る目的で、イギリス植民地下のインドで「ヒマラヤン・クラブ」設立
1928年
昭和3年
2月、北大の伊藤秀五郎らが、厳冬期の日高山脈・石狩岳に登頂 ◆2月20日、初の普通選挙による総選挙
◆5月21日、野口英世死去
3月、大島亮吉が、前穂高岳の北尾根で墜落死
●イタリアの探検家ノビレが気球で北極点を目指し遭難。その救助に向かったアムンゼンも死亡
◆秩父鉄道が、奥秩父の雲取山に武州雲取小屋(現・雲取山荘)を建設
8月、浦松佐美太郎が、ヴェッターホルン西山稜を初登攀
12月、早大山岳部員の4人パーティが、針ノ木岳・篭川谷で雪崩により遭難
1929年
昭和4年
●ドイツ隊(隊長:P・バウアー)がカンチェンジュンガに遠征 ◆10月24日、暗黒の木曜日。世界恐慌はじまる
8月、黒田正夫・初子夫妻が、小槍に登攀(女性としては初登攀)し、西穂高岳まで縦走を行う
各務良幸が、スイス人ガイドのペレンと組んで、モンブラン三山のモン・モディ東南壁に新ルートを開拓(現カガミ・ルート)
1930年
昭和5年
1月、東大スキー山岳会の窪田他吉郎ほか6人が、北アルプス剣沢小屋で雪崩により遭難 ◆昭和恐慌
◆1月21日、ロンドン海軍軍縮会議(4月22日調印)
◆日本郵船の豪華客船・秩父丸が就航
◆11月14日、民政党の浜口雄幸首相狙撃事件
◆11月26日、北伊豆地震
1月27日、RCCの加藤文太郎が、厳冬期の槍ヶ岳に単独登頂
2月、加藤文太郎が、厳冬期の立山に単独登頂
2月23日、加藤文太郎が、厳冬期の奧穂高岳、北穂高岳に単独登頂(縦走ではなく、一日で涸沢から2山を往復。北穂高は厳冬期初登)
◆5月20日、川崎吉蔵が山岳専門誌「山と渓谷」を創刊(昭和15年4月に、株式会社山と渓谷社となる)
7月、東北大・小川登喜男らが、谷川岳一ノ倉沢奥壁を登攀
●12月6日、トニー・ベーリンガー、シモン・フラッチャー、ルートヴィス・ツァンクルが、ヨーロッパ・アルプス東部最大の岩壁ヴァッツマン東壁の冬期登攀に成功
12月27日、青山学院大学・小島隼太郎(小島烏水の長男)が、案内人の塚田由政と塚田清治とブナ立尾根から烏帽子岳に登頂
12月30日-翌1月8日、RCCの加藤文太郎が、真川〜薬師岳〜烏帽子岳の厳冬期縦走
1931年
昭和6年
1月、黒田正夫・初子夫妻が、厳冬期の槍ヶ岳に登頂。女性として初の厳冬期登頂 ◆8月24日、アメリカの飛行家リンドバーグが太平洋を横断飛行
◆9月18日、柳条湖事件・満州事変はじまる
◆10月8日、関東軍が錦州を爆撃
◆10月24日、国際連盟理事会が満州撤退を勧告
2-3月、RCCの加藤文太郎が、厳冬期の後立山連峰・白馬連峰・立山剣岳に連続登山(鹿島槍ヶ岳、針ノ木岳、蓮華岳、白馬岳、剣岳)
3月、慶大・長野清一らが、槍ヶ岳〜穂高岳の厳冬期縦走
◆今西錦司、西堀栄三郎、桑原武夫らが中心となり、AACK/Academic Alpine Club kyoto(戦後、京都大学学士山岳会と命名)を創設。1932年、カブルー(7338m)遠征の準備を開始
●ドイツ隊(隊長:P・バウアー)がカンチェンジュンガに遠征
●8月1日、ドイツのシュミット兄弟が、マッターホルン北壁を初登攀(アルプス三大北壁最初の陥落)
12月-翌年1月、RCCの加藤文太郎が、槍ヶ岳〜穂高岳の積雪期単独初縦走に成功
1932年
昭和7年
3月21日、神戸BKVの金光隼人と成定喜代治、案内人の塚田清治が、常念岳一ノ沢で遭難。成定のみ26日に救出。しかし、二次捜索中の29日、雪崩により二次遭難が発生。3名が死亡 ◆1月28日、第一次上海事変
◆2月29日、国際連盟リットン調査団来日
◆3月1日、満州国建国を宣言
◆5月15日、五・一五事件
◆9月15日、満州国を承認
◆富士山、東賽の河原に富士山頂測候所が設置され、気象観測を開始(昭和11年に、現在の設置されている剣ガ峰に移動)
●ドイツ隊(隊長:ウィリー・メルクル)がナンガ・パルバットに遠征。ラキオト・ピークから東稜に達したが敗退
●11月、米国隊(隊長:バードソル)が、ミニヤ・コンカに登頂
1933年
昭和8年
1月、沢智子と案内の中畑政太郎が、厳冬期の奥穂高岳に登頂(女性として初の厳冬期登頂) ◆1月30日、アドルフ・ヒトラーがドイツ首相就任
◆2月20日、作家・小林多喜二が獄中で拷問死
◆2月24日、国際連盟が満州撤退勧告を採択。松岡洋右代表が議場から退場
◆3月3日、昭和三陸地震による津波被害
◆3月27日、日本が国際連盟を脱退
◆アルバート・アインシュタインがアメリカに亡命
3月、加藤文太郎が、槍ヶ岳〜前穂高岳の積雪期単独縦走
3月、同志社大学の児島勘次らが、剣岳に早月尾根からの積雪期初登頂に成功
◆上高地までの車道が開通
●第四次イギリス隊(隊長:H・ラトレッジ)によるエベレスト(チョモランマ)遠征(チベット側からの登攀)。第三次隊と同じ8572mに到達
●5月、イギリス人モーリス・ウィルソンが、シェルパ3名とともにチベットに潜入し、無謀にチョモランマ(エベレスト)登頂を目指すが、ノース・コル基部で遭難死
●9月3日、ソ連科学アカデミー隊(隊長:エフゲニー・アバラコフ)が、ソ連邦の最高峰スターリン峰(後にコムニズム峰、現イスモイル・ソモニー峰、7495m)に初登頂(登頂記録に多くの疑問点が指摘されている)
1934年
昭和9年
1月、浅間山でスキー登山者6名が、雪崩により遭難 ◆3月1日、満州国帝政実施
◆4月18日、帝人事件
◆5月30日、東郷平八郎死去
◆9月21日、室戸台風(死者3000人以上)
◆10月15日、中国紅軍が長征を開始
◆11月2日、ルー・ゲーリック、ベーブ・ルースら来日
●ルイジ・カレルらが、アイガー東山稜の冬期登攀に成功
◆尾瀬沼東岸に現在の長蔵小屋が完成
◆徳沢の牧場は偉業に伴い、番小屋を山小屋として徳沢園が開業
●7月、ドイツ隊(隊長:ウィリー・メルクル)が、ナンガ・パルバットに遠征。登頂を目前にしてモンスーンによる暴風雪に襲われ隊長・隊員、シェルパ計9人が死亡
10月31日、立大山岳部の湯浅厳、榎本忠亮が、北岳バットレス第四尾根を完登
◆12月4日、阿寒・大雪山、中部山岳、阿蘇、日光を国立公園に指定
12月27日、立大山岳部の浜野正男、榎本忠亮が、北岳バットレス東北尾根を完登(北岳バットレス厳冬期初登)
12月〜翌1月、京大・今西錦司、西堀栄三郎らが朝鮮半島の最高峰・白頭山(中国名:長白山、2744m)に遠征し、冬季初登頂
1935年
昭和10年
1月、加藤文太郎が、立山から針ノ木岳へ黒部横断の厳冬期単独縦走 ◆天皇機関説が問題化
◆2月、湯川秀樹が中間子論を発表
◆10月3日、エチオピア戦争勃発
3月、京城大の泉靖一らが、朝鮮半島の冠帽峰に登頂
●第五次イギリス隊によるエベレスト(チョモランマ)遠征(チベット側からの登攀)
●6月、ドイツのペータースとマイヤーが、ブランド・ジョラス北壁(クロ側稜)を初登攀(アルプス三大北壁二番目の陥落)
12月-翌年1月、京大・加藤泰安らが、満州国(中国・東北地方)の中部大興安嶺の最高峰(1800m)に登頂
1936年
昭和11年
1月、加藤文太郎と吉田登美久が、厳冬期の槍ヶ岳・北鎌尾根で遭難 ◆2月5日、日本職業野球連盟結成(7チーム)
◆2月26日、二・二六事件
◆7月17日、スペイン内戦
◆8月1日、ベルリン五輪
◆11月25日、日独防共協定
◆12月12日、西安事件
◆北アルプス・穂高岳山荘が、宿泊者の失火により焼失
●2月、アドルフ・ゲットナー、ルドルフ・ペータースが、シュッツセルカール・シュピッツェ南東壁の冬期登攀に成功
●第六次イギリス隊(隊長:H・ラトレッジ)によるエベレスト(チョモランマ)遠征(チベット側からの登攀)
8月13日、弘前歩兵第三一連隊(大隊長:秩父宮)の将兵約200名が、暴風雨の中、岩木山に登頂
10月5日、立教大ヒマラヤ登山隊(隊長:堀田弥一)が、インド・ヒマラヤのナンダ・コート(6861m)に初登頂<日本初のヒマラヤ登頂>
12月-翌1月、早稲田大・今村正二らが、朝鮮半島の冠帽峰に登頂
1937年
昭和12年
●ドイツ隊(隊長:K・ヴィーン)がナンガ・パルバットに遠征。第4キャンプが雪崩に襲われ、隊員7名、シェルパ9名が全滅 ◆4月15日、ヘレン・ケラー来日
◆7月1日、日華事変
◆11月6日、日独伊防共協定
◆12月13日、日本軍南京占領
●ドイツ隊(隊長:P・バウアー)が、ナンガ・パルバットでヴィーン隊の遺体回収を行う
●十月革命20周年を記念して、ソ連邦隊がソ連最高峰のスターリン峰(62年にコムニズム峰と改名、現在はイスモイル・ソモニー峰、7495m)に登頂。山頂にスターリンの胸像を設置
1938年
昭和13年
1月、慶応大・井形健一らが、西穂高岳〜奥穂高岳を極地法で攻略 ◆3月13日、ドイツが、オーストリアを併合
◆4月1日、国家総動員法公布
◆11月、岩波新書発行開始
2月、会津駒ヶ岳の山中に陸軍機が墜落。厳冬期に大規模な救出山行が行われる
◆国家総動員法に基づき、大日本体育会行軍山岳会設立。以後、戦局の泥沼化で一般登山者は激減。「錬成登山」と呼ばれる集団登山が広く行われるようになる
8月、東京私立商業パーティが、南アルプス・アサヨ峰で遭難。4名が死亡。準備不足と、案内人の判断ミスが問題となる
●第七次イギリス隊によるエベレスト(チョモランマ)遠征(チベット側からの登攀)
●ドイツ隊(隊長:P・バウアー)がナンガ・パルバットに遠征。北側から7300m地点まで到達
●イギリス隊(隊長:J・ウォーラー)がマッシャーブルム(7821m)に遠征
●7月24日、オーストリアのハラー、カスパレック、ドイツのヘックマイヤー、フェルクの4人がアイガー北壁を初登攀
●8月6日、イタリアのカシン、エスポジト、チゾニが、グランドジョラス北壁直登ルートを初登攀
1939年
昭和14年
3月、旧制大阪商大パーティが、積雪期の黒部・下ノ廊下横断に成功 ◆9月1日、第二次世界大戦勃発(独軍がポーランド侵攻)
7月16日、神戸高商山岳部パーティが、南アルプス・北岳で落雷に遭い、2名が死亡
●アメリカ隊がK2に遠征。頂上直下230mまで肉薄したが、下山時に隊員ヴォルフとシェルパ3名が死亡
●ドイツ隊(隊長:P・アウフシュナイター)がナンガ・パルバットに偵察遠征。2カ所で6000m地点に到達。第二次世界大戦の勃発で、下山後に隊員4名がイギリス軍の捕虜として拘束される
12月、登歩渓流会の松涛明(17才)が、穂高滝谷第一尾根積雪期初登攀
1940年
昭和15年
1月、北大・有馬洋ら8人パーティが、北海道・日高山脈のペテガリ岳・札内沢で雪崩により遭難 ◆6月14日、独軍がパリ無血入城
◆9月27日、日独伊三国同盟
◆10月12日、大政翼賛会発足
◆11月10日、紀元2600年祝典
2月、登歩渓流会の松涛明が、八ヶ岳・権現岳裏側の立場川蟇滝沢に厳冬期初登攀
◆丹沢・塔ノ岳山頂に尊仏小屋(現在の前身)が開業
8月12日〜、久邇宮家彦殿下一行が、後立山連峰(白馬〜鹿島槍〜針ノ木〜蓮華)を縦走
●12月、ゲラルト・ラインヴェーバー、ルドルフ・ペータースが、ダハッシュタイン南壁の冬期登攀に成功
◆京都大学士山岳会(AACK)が、軍部から解散命令を受ける
AACKの藤田和夫、梅棹忠夫、伴豊が、朝鮮半島の白頭山(中国名:長白山、2744m)に遠征
12月-翌1月、早稲田大・岡根吉郎らが、朝鮮半島の冠帽峰に遠征
1941年
昭和16年
3月、旧制大阪商大・関西学院大合同隊が、毛勝山〜剣岳の積雪期縦走に挑むが失敗 ◆4月13日、日ソ中立条約
◆6月22日、独・ソ開戦
◆10月15日、ゾルゲ事件
◆12月8日、真珠湾攻撃
第二次世界大戦(欧州戦線)勃発により帰国できず、スイスに滞在した田口一郎・二郎兄弟と高木正孝が、精力的にスイス・アルプスを登攀
1942年
昭和17年
7月30日、登歩渓流会の松涛明が、北岳バットレス中央稜を完登 ◆6月5日、ミッドウェー海戦
◆11月、スターリングラード攻防戦
AACK(主体は京都探検地理学会)の今西錦司ら13人が、満州国(中国・東北地方)の北部大興安嶺に遠征
1943年
昭和18年
1月、北大の今村昌耕らが、北海道・日高山脈のペテガリ岳(1736m)に厳冬期初登頂 ◆4月18日、連合艦隊司令長官山本五十六戦死
◆5月、アッツ島守備隊玉砕
◆9月8日、伊、無条件降伏
◆10月21日、学徒出陣壮行会
◆北アルプス・一ノ俣小屋が、宿泊者の失火により焼失
5月、藤木九三ら著名な登山家を含む「戦技登山隊」(隊長:大野少将)が穂高岳に入る
●イギリス軍捕虜収容所から登山目的で脱走したイタリア兵士3名が、ケニア山第三のピーク、レナーナ(4988m)に初登頂。下山後、収容所に戻る
1944年
昭和19年
◆東北・栗駒山が噴火。火口に昭和湖が形成される ◆7月7日、サイパン島玉砕
◆10月24日、レイテ沖海戦
◆10月25日、神風特攻隊出撃
◆11月24日、東京初空襲
◆12月7日、東南海地震
◆6月23日、北海道洞爺湖畔の有珠山の東側の麦畑が突然、大噴火。溶岩ドームが隆起し、新火山ができる。6月27日に「昭和新山」と命名
10月初、山岳画家の茨木猪之吉が、穂高で遭難


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