登山の法律学
溝手康史著
(東京新聞出版局:1,619円+税)
ISBN/ASIN:4808308759
三浦雄一郎の本と一緒に買った山関係の本。・・・登山事故や遭難の責任やら損害賠償などの考え方を、実際の事例に基づいて解説している。事故や遭難の話ばかり出てくるので、この本を読んでも「山に行きたい!」と気持ちが盛り上がることはなかった^^;
登山の世界では、日本山岳会あたりが中心になって、「山で死ぬのは本望」とばかりに、法律論を山に持ち込むことを長年拒んできた。そのため、まだまだ法整備が遅れているし、既存の法律の下でも判例が少ないのが実情だ。
近年の中高年の登山ブームで事故が多発し、そんなことも言っていられなくなったので、こういうテーマの本が出版されるのだろう。でも、今後はますます法的な介入が求められるようになるはずだ。山では「自己責任」が基本だとは思うけど、日常生活でも自己責任を度外視して、誰かに責任を求めないと済まない風潮が高まっているから・・・。
75歳のエベレスト
三浦雄一郎著
(日経プレミアシリーズ:850円+税)
ISBN/ASIN:4532260170
久しぶりに山関係の本を読んだ。
今年のエベレストのプレモンスーン期は、北京オリンピックの聖火が頂上を縦走したり、三浦雄一郎が二度目の登頂を果たしたりと、エベレストを巡るニュースが相次いだ。そのうち本が出たら読もうと思っていたので、数ヶ月遅れながら読んでみた。
深夜テレビを観ていると、毎晩のようにどこぞの健康食品のCMに三浦雄一郎が出てくるけど・・・効き目があるのかは知らないけど・・・その話は出てこなかった。でも、心臓の不整脈で手術をしたりして、やはり健康にはかなり気を遣っていたらしい。
昨夜遅くまで飲んでいたので、例によっていつものことだけど、胃が疲れて朝食はまともに食べられなかった^^;;
名残惜しいけど、もう帰るしかない。一緒に来た友人はここまで自転車を運び上げていて、帰りは奥鬼怒スーパー林道を下るので別行動。ひとりで往路と同じ遊歩道を歩いた。やはり体調がよくて、1時間半ほどで女夫渕にたどり着いた。
女夫渕に着くとすぐに雨が降り出した。たぶん、なごり雨ということだろう^^;

帰路は、以前から気になっていた日光市の蔵元「片山酒造」に立ち寄った。売店には、いかにも「やる気のある若旦那」という雰囲気のご主人がいて、なかなか好印象な応対を受けた。せっかくなのでしぼりたて原酒を1本買ったけど、お目当てのカップ酒の新ネタははかった(1種類だけカップ酒があるけど、既にアップ済み。気になる人は、「BLOG版雨降神社の御神酒」で検索してください)。
もしかすると、事前に予約でもすると蔵のなかを見学できるのかもしれないけど、この日は売店に立ち寄っただけ。・・・試飲したりすると、クルマを運転している友人に申し訳ないので^^;;
久しぶりに体調がよかったので、鬼怒沼にでも行こうかと思っていたけど・・・捜索隊が入っているので、邪魔になってもいけないし・・・鬼怒沼はパスした。では、すこしルートが長いけど、根名草山に登ろうかとも思ったけど、やっぱり体力的に無理だと思ってめげてしまった^^;;
でも、ずっと部屋でゴロゴロして、飲んだくれているのもどうかと思い、近くの新助沢まで昼食を食べに出かけた。・・・ちなみに、新助沢から先の、噴泉塔への道は途中が崩落して、現在は立ち入り禁止になっている。
手白澤温泉からわずかに15分で新助沢。夏は木陰で涼しい沢だけど、この季節はさすがに寒くて、のんびり昼食というわけにも行かなかった。仕方がなく、沢沿いに30分ほど登ってみたけど、日の差す暖かな場所がなくて、諦めて温泉まで戻って昼食をとった^^;
あとはいつも通りに、露天風呂とお酒三昧!^^
今年2回目の手白澤温泉。・・・まだたくさんの残雪があった3月末以来、半年ぶり。
ここ数年、遊歩道の入口部分は仮設のルートになっていたけど、今シーズンから正規の新しいルートが完成していた。あらだが温まる前の歩き始めから、いきなり長い階段になってしまったけど、15分ほど歩く時間が短くなった。・・・腰がすこし痛んではいたけど、今回はなかなか体調がよくて、ぜーぜーいいながらも普通に歩くことができた^^
加仁湯の前にさしかかると、消防車や救急車、そのほか警察車両が停まっていて、何事かと思ったら・・・行方不明者の捜索が行われていた。現地で聞いた話と帰宅後にネットのニュースで確かめた話を総合すると・・・加仁湯に前の晩、宿泊予定だった女性単独者が、荷物を置いて軽装で鬼怒沼に行ってくると行って出かけたまま戻らなかったとのこと。昨夜から急激に気温が下がり、おまけに雨も降ったのでかなり厳しい状況だった(その後、六日ぶりに無事発見され、命に別状はなかったとのこと)。
まあ、そんなことがあったけど、手白澤温泉で汗を流して、ビールをのどに流し込むと・・・すべてを忘れて至極の時間に浸っていった・・・^^
はっきりいつからいつと決まっていたわけではないし、はっきり休んだわけでもないけど・・・お盆休み的な気分でゴロゴロしていたとき、テレビはオリンピックと高校野球ばかりでつまらないので、なにかDVDでも買おうかと思い・・・ちょっとタイミングがずれてしまったけど、こんなDVDを買った。
「NHKハイビジョン特集 日本の名峰」DVD-BOX(DVD4枚組)。amazonでの購入価格は9,496円(税込)。NHKのBS-Hiで放送された番組を収録したもの。・・・そういえば、アニメ以外のDVDを初めてamazonで買った。
身体をこわしてから登山に出かけることもめっきり減って、しばらく山に出かけていないので、きれいな映像を見ながら・・・ヨダレたらたらで見ている^^; 端から見ると見苦しいかもしれないけど、けっこう夢見心地な気分で、見ていて楽しい。
山登りをしていた頃、こうしてDVDに収録された山々の名前と比べると・・・西日本の山は別として、かなりいろいろなところを登っていることに改めて気が付いた。しかし、それは雨男の悲しさで、DVDのようなきれいな風景はほとんど見ていない。それどころか、雨で視界が全くなく、どんな山頂だったかはっきりしない山もけっこうある^^; そうか、こんなところだったのかと・・・普通の人とは違った感慨もある^^;;
ヤマケイアルペンガイド6 八ヶ岳
佐々木亨著
(山と渓谷社:1,800円)
ISBN/ASIN:4635013543
今年の夏は、久しぶりに高い山に行きたいと思い、ガイドブックを買ってきた。
どうして八ヶ岳を選んだかというと、ここしばらく山登りに出かけられなかった理由が健康上のものなので、そうした不安を考えると八ヶ岳が適当だと思ったから。八ヶ岳は東京から近いから行きやすい。その上、八ヶ岳は「小屋ヶ岳」と呼ばれるほど山小屋が多いから、体力的にもたないと思えば日程を刻んで手近な小屋に泊まれるから。
手元にあった八ヶ岳のガイドブックは2007年の版。比べてみたけど、掲載情報はほとんど変わっていない。違いは、サイズが若干大きくなり、活字が大きくなった分だけ読みやすい。老眼が始まっているので、之はちょっと助かる^^; 他には、写真がカラーになった、といったところだろうか。
さて、問題は予定日の健康状態と天気だけだが・・・。
絶対に死なない
最強の登山家の生き方
加藤幸彦著
(講談社:1,700円+税)
ISBN/ASIN:4062128322
久しぶりに山関係の本を読んだ。
「最強の登山家」という肩書きに異論を挟みたい人もいるだろうし、読んだわたし自身、最強なのかピンとは来ていない。しかし、この著者は、ある意味で言い時代にいい登山を重ねてきた人なのは間違いない。ストイックに登山を行いながら、社会人として職業人としてもしっかり生きた。そして、仕事優先で登山の第一線どころか登山そのものからも遠ざかっていた。そして職業人としてリタイヤし悠々自適の暮らしになってから、再び山の世界に帰ってきた・・・。カナダに移住したというのは別として、いまのシルバー世代の典型かもしれない。
わたしのような世代にはうらやましい限りだ。わたしがシルバー世代になる頃には・・・本当に年金がもらえるのか? どれだけ医療費がかかるのか? そんなことばかり心配して、足元ばかり見て生きていくしかないだろうし・・・^^;; なにせ、これからの日本のグランドデザインは「年寄りは早く死ね!」ということらしいから・・・。
別にたいして興味もないけど、一応は山ネタなので・・・。
プレモンスーン期の限られたこの時期、チョモランマは登山の好機だけれど、この聖火登山のために、5月に入ってから一般の登山隊は頂上へのアタックを禁止されたという。そして今日8日、日本時間の10:00にヒマラヤのチョモランマ(エベレスト/サガルマータ)頂上にオリンピックの聖火が登頂した。中国の国家的な威信をかけた登頂だけに、北面のチベット側通常ルート、古典的な極地法、有酸素による登頂。頂上アタック隊は12名で、最終的に頂上に聖火を運んだのはチベット族の女性隊員。でも、何名が登頂したのかは、報道からはわからなかった。
・・・そもそも、わからないことといえば、北京でオリンピックをするのに、なぜチョモランマの頂上に聖火を運び上げないといけないのかということ。東京オリンピックのとき、富士山に聖火は登ったんだろうか? 記憶がない・・・。でも、中国ではこの成功で大いに盛り上がったんだろうけど・・・こんな事で国威発揚がなされること自体、中国の後進性の表れのような気がしないでもない^^;
連休の狭間の平日ながら、友人とちょっと遠出して、軽井沢近くの浅間隠山(1756.7m)に出かけた。わざわざ遠出してまで登る山ではないのかも知れないけど、眺望のいい山だというので、天気も良さそうなので出かけてみた。週末は登山口の駐車場があふれるほど登山者が入るらしいけど、今日は10台くらいしかいなかった。連休中ではあるけど、5月1日、平日に来たのは正解だった。それにしても、奈良や神戸のクルマが止まってきたけど、わざわざ夜通し走ってまで来る山だろうか?
登りはわずか1時間半ほどなのに・・・気温が上がって・・・けっこう汗をかいた^^; 頂上で浅間山を眺めながら、渇いた喉にビールを流し込む幸せ^^
肝心の眺望は・・・天気はよかったけど、気温が上がりすぎて霞がかかってしまった^^; 遠くの山々は、かすかにシルエットが見えるかどうか・・・微妙なシルエット。でも、残雪の浅間山を見ただけで十分に満足した。あまり馴染みのない山域の山だけど、この季節はいいところかも知れない。
朝、目が覚めて窓の外を眺めたら、まだ雪が降っていた。夜の間に10センチ近くつもった感じ。疲れた胃袋をなだめながら無理矢理朝食を詰め込んで部屋に戻ると・・・部屋から布団が消えていた。二泊三日の温泉三昧の終わりを実感^^;;
宿のアルバイトの女の子がちょっと若すぎると気になって・・・もしかしたらと思って尋ねたら・・・宿のご主人の次女だった。春休みで手伝いをしているとのこと。生まれてすぐの赤ちゃんのときに一度だけ見たことがあったけど、もう17才の高校生・・・この温泉に来始めたのは、この子が生まれる前のことだ。はじめてきたときに、まだ2才くらいだった長女は、もう就職しているという・・・ずいぶんな年月が過ぎたものだ。
雪が舞う中、女夫渕温泉まで下山。登りのルートとは違って奥鬼怒スーパー林道を歩いた。
2時間ほどで下って、あとは帰るだけ。・・・年々、道が良くなりトンネルが出来たりしてバスの時間も短縮され、東武特急スペーシアがJRに乗り入れ新宿まで直通になったお陰で、18:00に自宅に帰り着いた。
二泊三日なので、今日一日ずーっとゴロゴロしていられる^^ 好きなときに露天風呂に入って、好きなだけお酒を飲んで、疲れたら昼寝をして・・・まさに天国のよう^^;
夕食には「岩魚のムニエル ヴァンブランソース」「ビーフシチュー」といった新メニューもでてお腹もいっぱい。せっかく歩いてきたのに、たぶん体重が増える予感もいっぱい。・・・昨年末の前回から、なるべく間食はしないように気を付けてはいるけど^^;
夕方から小雪が舞い始めて、完全に冬山の景色になった。露天風呂にはいると、顔に雪が当たって雪山気分。今夜も宿の相客は1組二人だけなので、ほとんど貸し切り状態で温泉を満喫できた。
昨年の年末以来、今年初めての手白澤温泉。歩き始める女夫渕温泉から上にはまだまだたくさんの雪が残っていた。腰が痛くて、呼吸器の調子もいまいちで、ゼーゼーいいながらも無事に歩くことが出来た。おまけに、標高が高くなると雪まで降ってきて、雨男としては嬉しい限り^^;;
到着早々、露天風呂に飛び込むとまさに天国。缶ビールも美味い!^^ 忙しかった仕事もほとんどケリが付いて精神的にも余裕があるせいか・・・不思議なもので、手白澤に着くと腰の痛みも消えてしまった。
夜は天気も回復して、露天風呂の上は満天の星空。といっても、パッと観てわかるのは北斗七星と北極星だけ^^;
忙しい仕事の隙間に、久しぶりに山に出かけた。奥多摩の秋川渓谷の奧にある「三頭山(1531m)」。以前、2回登ったことがあるので様子もわかっているし、長いブランクを考えるとちょうどいい山だと思ってここにしたのだけど^^;
檜原都民の森から往復するいちばん楽なコース。・・・以前は、奥多摩湖のドラム缶橋をわたり、ヌカザス尾根から登って槙寄山から数馬に下るルートを楽々歩けたけど、いまはこのルートが限界^^; 実際、登り初めてすぐ、鞘口峠までで脚がかなり参ってしまった。でも、天気も良くて、涼しい風も程よく吹いて、どうにか無事に頂上まで登れた。背負っていった缶ビールが美味いこと^^
・・・そういえば、山の頂上を踏むのは、2005年8月の奥秩父/金峰山以来のこと。まあ、今年は少し頑張ろう・・・。
朝目が覚めたら、外は吹雪だった。これから歩いて帰らないといけないのに^^;
朝食は・・・まだ年末なのに・・・お正月メニューだった。しかも、朝から缶ビールが付いていた。お節料理とお雑煮は、以前、元旦に泊まったときにも食べたことがある。でも、そのときと今回では、お雑煮の味が違った。前回は・・・栃木風?の微妙にラーメンっぽい味だったけど、今回は味噌仕立てだった。料理人が変わったからだろうか?
吹雪の中、手白澤の犬クロとともに、鬼怒川沿いの遊歩道を歩いた。途中から風が弱まり吹雪ではなくなり、女夫渕温泉にたどり着く頃にはほとんど雪も止んだ。・・・さて、これで温泉三昧の天国も終わりか・・・毎回、帰りに味わう淋しさだけど・・・ちゃんと、次回の予約を入れてきたもんね^^
一人なのでなんの気兼ねもなく、グズグズに・・・露天風呂とお酒、昼寝を楽しんだ^^ 宿の食事の時間だけは守らないといけないけど、あとは朝から深夜・・・あるいは早朝と言うべきか・・・まで、露天風呂とお酒^^ 24時間、いつでもお風呂に入れるんだから、24時間楽しむしかない。しかも、連泊のお客は他にいないので、文字通り昼間は露天風呂を独り占め。でも、今日はずっと雨が降っていたので、長時間、露天風呂というわけにはいかなかったけど・・・。
今日から二泊三日で奥鬼怒の手白澤温泉で温泉三昧。昨年は4回も来たのに、今年は体調が悪く、また仕事も忙しくて、年の瀬になってようやく来ることが出来た。しかし、誘っていた友人は誰も来られず、一人になってしまったけど・・・。まあ、一人ならではのグータラを楽しめばいい。
ふだんの運動不足や持病など、ちょっと心配があったので、今日は林道を歩いた。クルマの轍が凍結していて滑りやすく、転ばないように踏ん張りながら歩くのはきつかった。軽アイゼンを持ってくるんだった。・・・たぶん、後で筋肉痛になることだろう^^;
なんにせよ、無事にたどり着いたらあとは温泉三昧^^ 飲んで、寝て、お風呂に入って、マンガでも読んで・・・。あいにく夕方からは雪が降り始め、夜には雨になった。ちょっと雨男パワーが回復してきたかも^^;
登山の体をつくる
「歩きの達人」になるトレーニング講座
大森義彦著
(東京新聞出版局:1,600円+税)
ISBN/ASIN:4808308029
2004年前半は腰を痛めて寝込んだり入院したりと体力/筋力を落とす日々が続いたので、一念発起して体を鍛え直そうと思っていた矢先に発売され、すぐに購入した本。紹介されているトレーニングは地味なものばかりだけど、たぶんきっと効果はあるのだろうと思います。もちろん、継続的にトレーニングを続ければ、でしょうけど・・・。
などと思っていたけど、ほとんど実践せずに、何年も本棚に仕舞われたままになっていた^^;
でも最近、ちょっとトレーニングしてみようかな・・・という、ほんの思いつきに過ぎない動機で、久しぶりに引っ張り出した。来年は山に復帰できるといいのだが・・・。
夜、テレビでNHKスペシャル「ラストメッセージ 植村直己」を観た。
このところ、山関係の本を読むこともめっきり少なくなり、植村直己の名前を目にすることも減った。実際、このサイトも本来のコンテンツはぜんぜん更新されず、BLOGしか更新されていないし・・・そのBLOGすら読書やアニメ、カップ酒に占領されて「登山」「雨男」に関する話題はなりを潜めている^^;
さてこの番組、情報的には新しいネタは何もなかったけど、「そろそろ植村直己を忘れてはいませんでしたか?」というタイミングで放送されたので、久しぶりに面白く観ることができた。
岳(ガク) 第1~3巻
石塚真一著
(小学館:各524円+税)
第1巻:ISBN/ASIN:4091875718
第2巻:ISBN/ASIN:4091807305
第3巻:ISBN/ASIN:4091810039
最近、いろいろとストレスがたまって鬱々とした気分になることが多いので、気分転換にマンガを読んだ。
山岳救助のマンガなので、血だらけの滑落遺体や黒く変色した凍死遺体、ミイラ化した遺体なんかがわんさか出てくるけど・・・やっぱり、山はいい^^ ・・・北アルプスいきたいよぉ! 雪山いきたいよぉ~!
昨日発売された雑誌「山と渓谷」(2007年1月号)を買った。・・・たぶん、この雑誌を買うのは1年振り。なぜなら、1月号には「山の便利帳」という別冊付録が付いているから。最近、登山にはぜんぜん出かけていないけど、この便利帳だけは毎年書かさず手に入れている。
つい最近、山と渓谷社はインプレスに買収されたという記事を新聞で読んだけど、まだ社名は変更になっていなかった。インプレスの傘下に入ったと言うだけで、社名変更をしないで、「山と渓谷」というブランドを残すのだろうか?
「誌面リニューアル!」となっているけど、記事の構成やテイストは以前のままで、ほとんど変わった感じがしない。でも、折ごとに紙が変わって、手にした質感はだいぶ違う。以前は雑誌の巻末近くに大量にページを割いていた「自社広告」が少し内側に移動し、邪魔な感じがしなくなった・・・ような気がしないでもない。
さて、あまりリニューアルのインパクトはなかったけど、数ヶ月くらいは期待してみようか・・・。
新聞にちょっと驚く記事が載っていた。
見出しは、「ヤマケイ」買収という記事。・・・あの登山関係の出版社「山と渓谷社」が、なんとインプレスに買収される。高いのか安いのかはよくわからないけど、値段は4,500万円。川崎社長他26人が保有株のすべて90万株を買い取るらしい。
記事には山と渓谷社は・・・「登山愛好家に人気のある月刊誌「山と渓谷」で知られる出版社「山と渓谷社」・・・と表現されていたけど、しかし本当は、人気がなかったから今回の買収になってしまったのではないか?^^;; わたしは「山と渓谷社」の出版物をかなりたくさん買って、たくさん読んでいる人間だけど、そういえば雑誌は1年近く買っていないような気がする。
このWebサイト(このBLOGではない)も雑誌「山と渓谷」誌面で紹介されたことがあるし、わたしもちょっとだけ載ったことがある雑誌だけに、ちょっと残念な気がする。
でも思い返してみると、このWebサイトが紹介されたアウトドア系の雑誌って・・・雑誌「OUTDOORFIELD」(エンターブレイン社/旧アスキー社)はすでに廃刊になっている^^;; ヤマケイは大丈夫だろうか・・・。
呼吸器の容態も安定したようだし、腰回りの筋肉も付いて脊柱も安定してきたようなので、登山再開を目指してリハビリ登山に出かけた。場所は丹沢の塔ノ岳大倉尾根。標高差があるので日帰り登山としては侮れないコースだけど、何度の登ったことがあるので土地勘もある。それに加えて、登山道が整備されているし、人も多く、山小屋が点在しているので安心できるコースとして選んだ。もちろん、リハビリの初回から頂上までたどり付けるとは思っていないけど・・・。
天気もよく、清々しい空気。絶好の登山日和になった。
歩き始めの印象は、「けっこう歩ける!」だった。ただし、そこそこのペースで歩いていたのに、何人にも追い越された。大倉尾根で人に道を譲るなんて、かつては一度だってなかったのだけど、これが現実・・・。丹沢高原の家に到着。今のコンディションではまずまずのペース。しかし、堀山への登りになり、傾斜がややきつい石がゴロゴロした道はどうにか休まずに登れたけど、緩やかな階段になると足がぜんぜん進まなくなった。おまけに、原因はわからないけど深呼吸すると右肺の上部に痛みが出始めた。
出発から2時間弱、10:30、駒止茶屋に到着。かなりペースが遅れた。同行者にも言わなかったけど、脚が完全にバテていて、おまけに右肺の痛みが消えない・・・。ということで、ここでギブ・アップ。これ以上無理しても、肺も腰も脚にも何もいいことはない。
写真を撮るものもないので、とりあえず駒止茶屋から見た表尾根の三ノ塔。
小屋から缶ビールを買ってきて飲み会になった。でも、久しぶりに山に来て飲むのはいい、やっぱりいい! ・・・しかし、完全復活はまだまだ遠い^^;
言うまでもないけど、10月3日→10(と)3(さん)→とざん→→登山の日、ということで、今日が登山の日らしい。・・・日本アルパイン・ガイド協会が1992年に制定したという。語呂で決めたのはいいけど、夏山シーズンは終わり、高山では雪がちらつくこの季節でいいのかという気がしないでもない^^;;
ここは本来、登山と雨男に関するサイトのBLOGなんだけど、このところ山に行っていないので、読書ネタやお酒ネタなんかの方が圧倒的に多くなっている^^; ・・・ちゃんと体調を整え、体力を回復させて、また山に行きたいなぁ~! そうつぶやくだけなら季節は問わないから、今日が「登山の日」であっても問題はないか・・・。
また9日(土)から奥鬼怒の手白澤温泉に出かけた。今年は1、2、7月に続いて4回目。トータルで32回目の手白澤温泉。
体調も確実に回復してきているらしく、初日の女夫渕温泉からの歩きも2時間半・・・以前のペースに戻ってきた・・・でも、相変わらず呼吸器は苦しい悲鳴をあげ続けてはいたが・・・^^;
出発前はパッとしない天気予報だったけど、上手い具合にハズレてくれて助かった。・・・初日は完全な晴天になり、気温は涼しく清々しい山歩き日和。二日目は終日、宿にこもっていたけど、夕方激しい雨が降っただけで好天に恵まれた。夜は久しぶりに露天風呂から星空を楽しみ、珍しいことに流れ星まで見られた。三日目は後ろ髪を引かれる思いで下山。歩行中はギリギリ雨に遭わずに済んだ。・・・雨男なので、内心、ちょっと淋しい気もしたけど・・・^^;
当然ながら二泊三日なので、のんびり温泉三昧、お酒三昧、昼寝三昧^^ ・・・宿の料理などは何度もアップしているので今回はパス。
「海の日」(旧海の記念日)が祝日になったのは1996年のこと。当初は7月20日に固定されていたけど、ハッピーマンデー制度が制定された2003年から7月第3月曜日になった。それまで7月には祝日がなかったし、蒸し暑い梅雨時の祝日は有り難いことだ。
しかし、わたしもそのひとりだけど・・・世の中には海よりも山が好きという人も多い。さらに、都道府県で海のないところもいくつかある。その代表が山梨県と岐阜県。岐阜県には穂高連峰があるし、山梨県には富士山や奥秩父がある。県独自に「山の日」を制定し、県のPRと観光誘致の一環としていろいろなイベントなどを開催している。そして、正式な目的ではないかも知れないけど、あわよくば祝日にしよういう意見もあるらしい。
梅雨明けする7月末から8月上旬は天候も安定していて夏山シーズンの最盛期。8月にはまだ祝日がないし、学校が夏休みに入り、会社のお盆休み前に祝日があると、ちょっと嬉しい気がする。学校の夏休み中に祝日があると、少子化対策になるかも知れないし、何より経済効果が見込めるから景気対策にもなる。その上、お盆休みの分散化にもつながり、交通渋滞の緩和にも役立ちそうだ。
いいことずくめのように思えるけど、祝日化はおろか、なぜか全国的に統一された「山の日」の制定にすら至っていない。ここはひとつ・・・日本山岳会あたりが音頭をとって、全国的な動きにならないものだろうか。まあ、一般登山者など眼中にない日本山岳会では無理か・・・^^;;
手白澤温泉に二泊するので、この日は朝からゆったり気分。・・・昨夜、けっこうお酒を飲んだ割には食欲もあり、朝からしっかりごはんを食べた。
10:00、同行者の一部5名が、一泊で帰るのを優越感たっぷりに見送った^^; 移動にこれだけ時間と体力を使う温泉なのに、一泊で帰るというのはやはり非合理的すぎる。
残った3名で朝からぐうたらの限りを尽くしてくつろぎ三昧^^ ・・・露天風呂を楽しみ、ビールを飲んで、昼寝をして・・・。お昼前、男風呂が清掃中だったので、許可をもらって女風呂の方に入った。ひとりだけの貸し切り状態^^ 以前にも同じように入ったことはあったけど、露天風呂は女風呂の方が開放感がある。そして、蟻が多いように感じた。そして、こちらには小さなトカゲが何匹か棲んでいた。
でも、この日も好天に恵まれたので、昼食を外のベンチで食べることにした。・・・メインは手白澤温泉のおにぎりで・・・今回は特別なものは持ってこなかったけど・・・缶詰やカップ麺、もちろん缶ビールでゆったりランチを楽しんだ。
夕食前、男風呂に行くと、またアオダイショウがいた。一応、宿の主人に伝えたところ、無害なのでそのままとのこと^^; 以前に何度か捕まえて放り出したにもかかわらず、いつの間にか帰ってくるのだという^^;
この日の夕食は、食前酒(果実酒の炭酸割り)、前菜(鹿刺し、こしあぶらのお浸し、日光湯葉の味噌添え、蕨の煮付け)、八汐鱒のカルパッチョ、岩魚の塩焼き、伊達鶏のトマトソース煮、ご飯、お新香、吸い物、デザート(ヨーグルト)、お茶、コーヒー。
この日飲んだお酒は、ビール(主にサッポロ黒生)と栃木の清酒「四季桜 生酒」、麦焼酎「いいちこ」など。・・・網戸をしっかり閉めなかったせいか、飲んでいる間にたくさんの虫が入ってきて参った^^; 今夜は人数も減って、ちょっとおとなしめ・・・特に理由はないけど、今日はいつもに比べて酒量も控えめだった^^
また、奥鬼怒の秘湯・手白澤温泉に来た。今年、ここに来るのは3回目のこと。今回は合計8名。
早朝、都内を発って日光の霧降高原を通過するときには、視界がほとんどなくなるほどの濃霧・・・道すがら奥鬼怒方向を観ると、やはり雲の中に隠れている状態だった。今年は梅雨明けが遅れ、天気予報では「午後から雨、雷を伴った夕立に注意」と言うことだったけど、奥鬼怒の玄関口・女夫渕温泉に着く頃には、なぜか青空が出てきた。そして、夕立の心配もなく晴天が続いた。
気温も手頃で清々しい空気の中、手白澤温泉に向け歩き始めた。・・・このところの体調の悪さで、呼吸器はきつかったけど、事前に少し鍛えていたおかげで脚力は問題がなかった。・・・休憩時間を含めて、2時間45分で手白澤温泉に到着した。
さっそく露天風呂に直行! 天気もいいし、まさに極楽気分。・・・すると、同行者E氏が露天風呂の岩の陰にヘビを発見し、思わず後ずさった。そのヘビを見ようと岩に登ろうとした同行者U氏が足を滑らせ、お湯に頭から突っ込んだ。そして、足や肘などに擦り傷をしこたまこしらえてしまった^^; ヘビは1m程度のアオダイショウ。まあ、無害なのでお湯をかけて追い出すだけにしておいた。・・・こうして、温泉とお酒三昧、ぐうたら三昧の至福の時間が始まった^^
幼稚園・保育園児くらいの女の子たちが何人も母親と同宿していた。どういうグループなのかは不明。でも、子供たちはしつけがいいのか、暴れたり、ぐずったり、奇声を上げることもなく、なかなかいい子たちだった。トントントントン・・・と廊下を走る音も、なんとなく可愛く聞こえて面白かった^^;
この日の夕食は、食前酒(杏酒と梅酒の炭酸割り)、前菜(蕨のお浸し、独活の酢漬け、煮豆、こごみの生姜和え、蕗の煮付け、細竹、山椒魚)、八潮鱒のサラダ、ガーリックトースト、岩魚のムニエル味噌ソース、牛ヒレ肉のステーキバルサミコソース、ご飯、お新香、一口蕎麦、デザート(柚子のシャーベット)、お茶、コーヒー。
この日飲んだお酒は、ビール(主にサッポロ黒生)、夕食時にビールとワイン、芋焼酎「薩摩」など、けっこう飲んだ。朝早く・・・ほとんど眠らないで・・・出発してきたので、いい加減酔っぱらって01:30頃に就寝。・・・よく眠れた^^
ニュージーランドの登山家マーク・イングリスが両足に義足でエベレストに登ったニュースは、新聞やテレビ、ネットでも報道されたけど、エベレストの標高を「8848m」としている場合と「8850m」としている場合が混在していた。
「8848m」は従来から一般に認められていた標高で、「8850m」は米国ボストン科学博物館が1999年にGPS測量で精密に測定し直したもの。これは全米地理学会も承認したので世界的に承認されるかと思われたが、2000年2月、ネパール政府が従来の「8848m」を主張し、2種類の標高が混在する状況になってしまった。
まあ、この2種類の標高は仕方がないとして、朝日新聞の5月17日朝刊(14版 第2社会面)の記事に書かれていた「8844m」は、いったいどこから出てきた標高だろう? ・・・単なる誤植だろうか?
凍傷のため両足のひざから下を切断したニュージーランドの登山家マーク・イングリス(47才)がプレ・モンスーン期の5月15日、義足でエベレストの登頂に成功した。これはこれですごいことだ。
でも、ヒマラヤ登山の商業登山が一般化し、素人でもある程度の体力があり、天候に恵まれ、そして大金さえ払えば誰でもエベレストに登れるような時代になってしまった。そのため、このところエベレスト(チョモランマ)の名前をニュースで聞く機会がほとんどなくなってしまった。
実際、エベレストそのものがいろいろな意味でニュースバリューを失ってしまった。登頂そのものでは、「アルパインスタイルで無酸素登頂」「新バリエーションルートからの初登頂」といった話題はインパクトが不足している。「7大陸最高峰完登」「ヒマラヤ8000m峰完登」というのも人数が増えすぎた。「最年少登頂」は、登山許可に年齢制限が設けられてからは更新の可能性は薄くなった(チベット側からの制限はない)。「最高齢登頂」は今期登頂した日本人の荒山孝郎(70歳7カ月13日)さんというおじいちゃんだが、それまで最高齢記録を持っていたプロスキーヤー/冒険家の三浦雄一郎が次はチベット側から挑戦すると言っているので、これはニュースになるかも知れない。・・・いちばんニュースになりやすいのは、「遭難」だけど、幸いにもこのところ大きな遭難事故は起きていないのかニュースにはなっていない。あまり聞きたいニュースではないし・・・。
手白澤温泉に連泊。他のお客はみな帰ってしまい、今日の宿泊は私たちだけ。事実上の貸し切り状態になった^^ だからといって、することが変わるわけではないけど、朝から露天風呂三昧、お酒三昧、お昼寝三昧の繰り返し^^
でも、気温は昨日より低めで、風も昨日より強まった感じ。・・・露天風呂に入っていて冬山用のゴーグルが欲しくなったのは初めてだった^^;
二日目になって飲酒量はますます加速。・・・この日飲んだお酒は、鹿児島の芋焼酎「桜島 鹿児島年号焼酎 二〇〇五」、栃木県の清酒「四季桜 はつはな」「四季桜 純米酒」。・・・正直いって、ちょっと飲み過ぎ。
先月21日~23日、奥鬼怒の手白澤温泉に出かけたばかりなのに、再び出かけた。今回の同行者はみんな手白澤温泉が初めてなので、気に入ってもらえるかどうか・・・?
・・・出かける数日前からすこし喘息っぽくなり体調は低下気味。おまけに、無理なスケジュールで休みを取るために半徹夜を二晩続けて、かなり睡眠不足での出発になってしまった^^; まあ、露天風呂三昧と惚けることが目的なのでどうにでもなる。
手白澤温泉に着いてしまえばこちらのもので、とにかく露天風呂を楽しめばいい^^ でも、先月ほどじゃないけど外は氷点下。風が吹くと地吹雪が起こり、息ができないほどだった^^;
しかし、外がどんなに寒かろうと、ゴロゴロ昼寝をして、お酒を飲むのに影響はない。この日飲んだお酒は缶ビールの他、栃木県の清酒「東力士 純米吟醸 純」「門外不出 特別純米」。
今日は「八ヶ岳の日」。・・・今年は、ぜんぜん山に行けていないので、こういう日がBLOGネタとしてすごく気になる。体調や仕事、天気など、山に行かれない理由は多々ある。今日だって、横になりながら山の紅葉などを思い描きながら、喘息の発作で鬱々と過ごしている状態^^;
さて、「八ヶ岳の日」だけれど、八ヶ岳高原活性化研究会の後援により八ヶ岳の日制定委員会を設立され、2000年6月に決定されたという。・・・古くまで歴史を遡って調査した結果、八ヶ岳全体を記念する出来事は約5000年前の最後の噴火以外には発見されず、5000年前の噴火の日を特定することはできない・・・。それならばということで、覚えやすさを第一に考え、11月8日「いいやつ」になったそうだ^^; まあ、いろいろ調べた結果のことなので、これはこれでいいのかも知れない。日付を決めただけでなく、記念イベントなどもしっかり開催されているようだし・・・。
そういえば、10年前のこの時期、八ヶ岳を天狗から編笠まで前夜発二泊三日で縦走したことがあった(写真は1995年11月5日早朝、権現岳から赤岳・阿弥陀岳:同行者Y氏撮影)。黒百合から天狗岳、硫黄岳はすでに雪山状態、横岳、赤岳、権現岳は清々しい秋の気配、そして編笠山からの南斜面の下りは夏山のように暑かったのを覚えている。まだ、八ヶ岳の日は制定されていなかったけど・・・。
でも、雨男の今のコンディションでは、この季節に八ヶ岳に登るなんて不可能だろうなぁ。縦走はともかく、美濃戸口から赤岳往復ですらきびしそうだ。せめて、夏山シーズンなら・・・。
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目で見る日本登山史
(山と渓谷社:7,800円+税)
ISBN/ASIN:4635178145
仕事で埼玉県まで出かけたついでに立ち寄った書店でこの本を見つけた。新刊なのであわてて買う必要はないのかも知れない。でも、この手の本は重版される可能性が低いし、大きめの書店でも何冊も入荷していないはずなので、見つけたときに買わないと買いそびれる可能性がある。・・・7,800円(税別)と高価ではあったけど、迷わずに買った^^ そのせいで、打ち合わせ先から帰宅まで、ずっと背負って歩かなくてはならなかった。
買ったその日にBLOGにアップしてしまうのもどうかと思うけど、通して読むような本ではないから勢いでアップしてしまうことにした。
写真資料中心の「目で見る日本登山史」と、登山に関する年表情報だけの「日本登山史年表」の2分冊がセットになってる。さすがに山と渓谷社というべき情報量。こんな本が出てしまうと、このサイトでちょっと自慢だったコンテンツ「山の図書館別館資料室登山史年表」の役目も終わってしまった感じがする。情報量も豊富だろうし、情報も正確であるに違いないから・・・。まあ、ここのコンテンツには海外の登山史情報も少なからず含まれてはいるけど。・・・なんにせよ、このところ更新に行き詰まっていたので、ここらで潮時ということなのだろう。
でも、ひとつだけ疑問。化粧箱が厚く、2分冊の他に厚さ5mmほどの発泡スチロールも同梱されていた。発行直前に総ページ数が減ったのか、経費節減のために紙の均量を落として束が落ちたのか・・・? つまらないことだけど、ちょっと残念だな^^;
●いままでに読んだ山の本は「山の図書館・アメダゼ文庫」を見てください。
山のミステリー
工藤隆雄著
(東京新聞出版局:1,500円+税)
ISBN/ASIN:4808308282
このところ仕事が忙しい上に、秋口なので体調も今ひとつ良くない日が続いている。当然、山には出かける余裕はない。その反動なのか、何冊か続けて山の本を読んだいる。
この本、山の幽霊にはじまり、自然の不思議な力や神秘など、山小屋の主人などから取材した55の話を収録している。雨男は霊感が極端に強い方ではないと思うけど、一度だけ、霊的というか、不思議な体験をしたことがある。
・・・差し障りがあるかも知れないので、どの小山かは伏せておく。ある山の中腹にある小屋横の幕営指定地にテントを張っていた。その夜は異様に暖かく、ちょっと異様な雰囲気がしないでもなかった。2時間ほど眠ってふとめが覚めた。暑くて寝袋に入っていられず、その後もすぐには寝付けそうになかった。そこで、テントの外を覗いて見た。物音ひとつしない静寂・・・満月ではなかったと思うけど明るい夜・・・白い霧のようなものが、幕営地にいくつか漂っていた。濃度にムラのある霧だろうと思って不思議にも思わず、ちょっと幻想的な風景を眺めていた。
テントの入り口を閉め、再び横になった。・・・ふと気が付いた。白い霧のようなものが、テントの中にも入っていた。テント生地がないかのように、すーっと通り抜けて入ってきたかと思うと、そのまま反対側に通り抜けていく・・・。ゴアテックスのテント生地を霧が通り抜けるわけはない。でも、いくつもいくつも、白い物がすーっと通り抜けていった。
特に恐怖も感じなかったので、不思議に思っただけでそのまま眠ってしまった。・・・結局、あの白い霧のようなものが何なのかは未だにわからない。
●いままでに読んだ山の本は「山の図書館・アメダゼ文庫」を見てください。
登頂8000メートル
明治大学山岳部十四座完登の軌跡
谷山宏典著
(山と渓谷社:2,200円+税)
ISBN/ASIN:463517171X
世界の屋根といわれるヒマラヤ山脈には、エベレスト(サガルマータ/チョモランマ)を筆頭に8000mを超える山が14座ある。この14座すべてに登った超人的な登山家は、まだ10人程度しかいない。・・・残念ながら、現時点では日本人登山家は一人も達成していない。
この本は、「明治大学山岳部」とそのOB会「炉辺会」のヒマラヤ遠征と「ドリーム・プロジェクト」の記録をまとめた本。ドリーム・プロジェクトとは、明治大学山岳部と炉辺会で団体としてヒマラヤ8000m峰全山登頂を目指すもの。・・・日本人初のエベレスト・サミッターである植村直己をはじめ、多数の8000mサミッターを輩出した明大山岳部ならではのプロジェクトだ。
著者が明大山岳部OBであることと、基本的には明大山岳部の歴代メンバーの登山記録なので、どことなく内輪ネタ的な話も多く、さらに明大山岳部ならではのチームワークなどという自画自賛のような表現も少なくはない。部外者が読んでも面白くないのではないかと思いながら買ってみたけど、実際はけっこう面白かった。・・・「明大山岳部ってすごいなぁ」と感心するからではなく、ヒマラヤの巨峰そのものが持つ魅力なんだろうと思う。
●いままでに読んだ山の本は「山の図書館・アメダゼ文庫」を見てください。
今日は「女人禁制破りの日」だという。ネットでささっと検索してみたけど、だれがいつ、何の目的で制定したのか、面倒なので調べるのは止めた。でも、由来は1867(慶応3)年の今日、英国公使ハリー・S・パーク夫妻が富士山に女人禁制を破って登山したことによるらしい(雨男の調べでは、新暦の10月7日なんだけど・・・)。気になる人は「山の図書館別館資料室 登山史年表」を見てください。
でも変だな、雨男の調べでは、もっと昔に富士山に登った女性がいるのだが・・・。
パーク婦人が富士山に登る35年も前、1832年(天保3)旧暦9月26日、江戸の「高山たつ」が富士山に登ったといわれる。女性であると気づかれないように男装していた。たぶん、これが記録に残る最古の女人禁制破りの富士山登拝だと思う・・・。
余談ながら、外国人として初めて富士山に登ったのは、1860年(万延元)9月11日(旧暦7月26日)、初代イギリス公使ラザフォード・オルコック一行の富士山登山。この時、トビィというスコッチテリアが同行していて、犬としてはたぶん初登頂。ただし、犬が富士山に登ってはいけないという禁制はなかったと思う。
垂直の記憶 ~岩と雪の7章~
山野井泰史著
(山と渓谷社:1,500円+税)
ISBN/ASIN:4635140059
山野井泰史が書いた本をはじめて読んだ。そもそも、山野井が自分で本を書くなんて思ってもいなかった。それは、多くの人同様に、山野井があまりにもストイックで、寡黙で、ある意味で偏屈な人間だと誤解していたからだ。
この本は、18回におよぶヒマラヤの巨壁に挑み続けた記録を、山野井自身がまとめている。前半は8000m級の山々に、あるときは少人数で、あるときは単独で、アルパインスタイルにこだわりながら登り続けた記録。文字通り、超人的としか言いようのない体力と気力、そしてテクニック。冬季アマ・ダブラム西壁新ルート単独登頂、チョ・オユー南西壁新ルート単独登頂、レディース・フィンガー南壁初登・・・ヒマラヤの高所にある巨壁での幾多の快挙。山野井は世界のトップクライマーの仲間入りした。
しかし、この本の真価は苦難に満ちた後半部にある。後半は一変して「遭難本」にでもなったかのような印象を受ける。「遭難本」は雨男が勝手に使っているジャンル分けだけど、これで雑誌「山と渓谷」にも紹介されたことがある。・・・マナスルで雪崩に遭遇したあたりから、山野井の何かが狂いはじめたような気がする。もちろん、その後もK2南南東リブから単独無酸素初登、ビャヒラヒ・タワー南ピラー初登という実績も残している。しかし、何か輝きを失っていたように思うのは気のせいだろうか。
3年前の今日、2002年10月5日、妻・妙子(日本人女性トップクライマーのひとり)とともに挑んだギャチュン・カン北壁では、山野井自身は第2登を果たしたものの、下山時に度重なる雪崩に遭遇し、氷点下数十度で何度もビーバクを強いられ、飲まず食わずで自力下山。あまりにも壮絶すぎる遭難記録で、よく生きて帰ってきたものだと思う。山野井夫妻だからこそ可能だった超人的脱出だったのは間違いない。
このところ更新していないけど、ちょっと自慢のコンテンツ「山の図書館別館資料室登山史年表」を作りながら、山野井がギャチュン・カンで苦難を舐めたことは知っていた。手の指数本と右足の指すべてを凍傷で失ったことも雑誌の記事で読んでいた。でも、山野井が引退するなんて考えもしなかったし、やがて山野井が復活するのは当たり前のことだと思っていた。
・・・「あとがき」を読んでホッとした。本当に山野井泰史は復活する。
●いままでに読んだ山の本は「山の図書館・アメダゼ文庫」を見てください。
白馬の百年
菊地俊朗著
(山と渓谷社:1,600円+税)
ISBN/ASIN:4635171701
久しぶりに山の本を読んだ。
白馬岳を中心に後立山地域の山岳史だけでなく、現代に至る開発の歴史を網羅して紹介している。スキーリゾートや観光で栄えた白馬村が抱えるポストバブル、ポストスキーブームの苦悩まで伝える現代史に読み応えがあった。
しかし、残念なことにスキーリゾート開発の裏面である環境破壊への反省を伝える内容がないのはどうしてだろう? 夏の後立山を眺めると、怪獣の爪痕のようなスキー場が無惨な姿を晒している。スキーブームが去ったいま、地元には後悔とか、反省とかはないのだろうか・・・。
まあ、そんなことはともかく、白馬でも五竜でもいいから、行きたいなぁ~。
●いままでに読んだ山の本は「山の図書館・アメダゼ文庫」を見てください。
奥秩父/金峰山
山登りに出かけて久しぶりに「頂上」を踏んできた。
奥秩父の金峰山(2599m)・・・大弛峠(2365m)からの往復。標高差はわずかに234m。ガイドマップでの標準的歩行時間は往復で4時間30分。呼吸器と腰の病気で病み上がり(まだ上がっていないかも知れないけど)のリハビリ期間中なので、考え得る限りいちばん生ぬるいルートで登れる2000m以上の山ということで選んだ^^;
体調がいまひとつ良くない状態で登り始めた。最初からキツイ^^; 10歩進んではゼーゼー喘いで立ち止まるような状態で、最初のいちばんキツイ登りを超えると、少し体調も安定してきた。ペースはさほど上がらないけど、どうにか金峰山の山頂にたどり着いた。・・・しかし、頭上だけは青空が出ているものの、周囲にはガスがかかって展望はぜんぜんなし^^; せっかく頂上を踏んだのに残念ではあるけど、ちゃんと頂上にたどり着いたことだけでもよしとしよう。
帰りは下りばかりなので楽になると持っていたら、さらに体調が悪化した。酸欠で視力まで弱り始め、日陰では足下もはっきり見えなくなった。さらに、標準体重を超える上半身の体重とザックの重みが腰に負担をかけ、腰痛までで始めた^^; こんな生ぬるいコースでこんなに苦しむとは思わなかった。・・・そして、あと30分で下山口に到着するという頃、ボタボタと本格的に雨が落ちてきた^^
本来なら弱り目に祟り目なのだけど、正直に言おう! 内心ちょっと嬉しかった^^ 雨男を名乗りこんなBLOGやHPをやっているんだから、山に出かけて雨に降られてなんぼのもの。せっかく山に行ったのだから、これがないと!^^; ・・・なんにせよ、頂上を踏んだし、雨にも降られたし、苦しかったけど満足がいく山登りだった^^
●正式な登山記録はこちらを参照ください。
★イメージバトン:お題「これがないと!」
BLOGで「○○バトン」というリレー形式のリンクが流行っているらしい。 よく知らなかったけど、「イメージバトン」というバトンがなぜかここに渡されたので、次につなごうと思います。登山関係、お酒、読書・・・いろいろ渡せるテーマはありそうだけど、ここは是非とも「雨男・雨女」方向につなぎたいと考え、美麗の雨女さんであるzawaさんの「誰かが空から見ているよ。」にバトンタッチ。
お題は「夏の雨」です。
よろしくお願いいたします。
前のバトン | ここ | 次のバトン「誰かが空から見ているよ。」
★追記
「イメージバトン」について検索してみた。
いろいろなバトンが飛び交っているようだけど、回ってきたものとは主旨が違っている感じ・・・。
以前、流行っていたWebリングのようにガチガチのルールで完全にコントロールしようというものとは明らかに違う。まあ、お気軽にできるBLOGの一過性のリンクだし、こういうルーズなものでいいのかも知れないけど^^;;
8月1日は、仕事先の会社の創立記念日だったり、友人夫妻の結婚記念日だったりするけど、雨男にとっては「雨男記念日」でもある。・・・などといいながら、完全に忘れていて、このエントリーは12日になって書いた^^;
ちょうど10年前の1994年8月1日、それまで初心者の登山愛好家だったわたしが、東北の栗駒山で「雨男」になった。・・・「神の啓示を受けた」などとうそぶいてはいるけど、実際は中一日おいて2回連続で栗駒山に登り、非常に悔しい思いで雨に降られた。それを麓でみていた友人たちが「雨男」だと揶揄し、自分でもそういうものかと自覚するに至った^^;
以来、雨男を名乗ってこんなサイトまで作ってしまった。・・・10年前といえば、まだインターネットも一般には普及していない時代で、当時契約していた某大手プロバイダですら「rainman@***.or.jp」なんていうメールアドレスを取得することができた。思い返せば楽しくも苦しい雨男人生だったけど、最近は山に出かけることが減り、なかなか雨にも降られていない。看板倒れの状態が続いているけど、別に雨に降られたいわけではないからかまわない。・・・そのうち、雨男のタイトル返上なんていうことになるのだろうか?

先月も出かけた奥鬼怒の手白澤温泉にまた行った。今回は自分で予約したのではなく、友人の予約にひっついていったもの。
この時期、山の温泉はアブなどの虫が多いけど、手白澤でも例外ではなかった。それでも、露天風呂でくつろぐのは最高。あとはお酒を飲んで、美味しい食事をして・・・やはり、天国に一番近い温泉であることに違いはない。
でも、今回は一泊二日の日程。遠い道のりをようやくたどり着き、一晩、極楽気分を味わったら、もう翌日には帰らないとならない。・・・後ろ髪引かれる思いで帰るハメに・・・。
それでも、先月よりも体調がよさそうだったので、今回こそは鬼怒沼に登りたいと思っていた。しかし、キツイ登りではチビリそうなくらい酸欠になって、まともなペースでは登ることができなかった。とても鬼怒沼まではたどり着けると思えなかった。・・・結局、同行した友人たちは登に行ったけど、彼らが下ってくるまで雨男は一人、女夫渕温泉で飲んだくれていることになった。・・・以前のように登れるようになるのはいつのことだろう・・・。
この「Mt.AMEDAZE雨降山連峰(ameame.com)」は、本来は登山と雨男についてのサイト。このサイトの本体コンテンツ「雨男の山行記録」をご覧の方は気づいているかも知れないけど、雨男は奥鬼怒の温泉によく行く。体調を崩してからこのところ、本来の意味で「登山」にはぜんぜん行けていないので、本体コンテンツの更新は、この温泉ハイキングに頼るところが大きい。・・・本来は「登山」の中には含めないのだけど、体調が悪くリハビリ中なので、今回は「登山」という扱いにしておこう。
そして、また奥鬼怒温泉郷の手白澤温泉に来た。4日~6日の二泊三日。・・・雨男はこの温泉を「天国に一番近い温泉」と呼んでいる。それほど好きな場所だ。
・・・最寄りのバス停から徒歩2時間というロケーション。東京からなら、東武日光線の急行電車で2時間。鬼怒川温泉駅から一日に数本にかない栗山村営バスで2時間。そして最後は緩やかな登りが続く山道を2時間歩く。たどり着いた手白澤温泉は、山の中の一軒宿。携帯電話の電波もなく、仕事の電話が追いかけてくることもない。クルマの騒音もなく、沢の流れの音や、鳥のさえずり、虫の音、時によっては野生の鹿の物悲しい鳴き声などが聞こえる。夜になれば周囲は暗く、人通りもない。しかし、見上げれば満天の星。
・・・野趣あふれる広々した露天風呂。食事は地元の食材を活かした洋食。・・・好きな時間にのんびり温泉に入り、美味いものを食べ、美味しいお酒を飲んで、眠くなったらいつでも昼寝。これを天国と呼ばずになんと呼ぼうか?^^ この手白澤温泉の天国気分を味わうには、必ず二泊三日の日程が望ましい。もし一泊なら・・・時間と労力をかけ、ようやくたどり着いたにもかかわらず、数回風呂に入り、夕食を食べ、一晩眠ればすぐに帰らなければならないなんて^^;;
しかし、手白澤温泉には三泊以上してもいけない。・・・二晩、手白澤温泉で天国気分に浸ってしまうと、都会の感覚が薄れ、すぐには社会復帰ができなくなってしまう。どんなに後ろ髪を引かれようとも、やはり二泊で帰る。・・・そして思う、次はいつ来ようかと。
昨日、丹沢の大山を登ってきた。
一日過ぎても、腰には異常がない。呼吸器の調子も変わりない。ところが、両脚の筋肉痛がひどい^^;;
床から立ち上がり、よぼよぼと部屋の中を歩き、また座るのにも一苦労。まるで老人のような状態。・・・腰痛がひどいときもこんな感じでよぼよぼではあったけど・・・。
年をとると筋肉痛が出るのが遅くなり、翌々日あたりに筋肉痛が出てくるという話を聞くので、朝起きたときから筋肉痛が出ているのはまだ筋肉が若い証拠だと・・・そう思って慰めている。
でも、この筋肉痛、まだ数日間は楽しめそうな感じだ^^;;
一昨年末にひどい坐骨神経痛に襲われ、昨年4月には脊柱管狭窄症で入院。1ヶ月以上寝たきりが続き、体力も筋力も失われてしまった。痛みが完全に消えたわけではないので、様子をみながらリハビリ。喘息の調子もよくない日が続き、思うようにリハビリできないときもあった。焦りなのか、体調のいい日に集中的にリハビリを頑張りすぎて返って快復を遅らせてしまった面もある。でも、今日、本当に久しぶりに山に行くことができた。
丹沢の大山(1251.7m)。山頂に阿夫利神社があり、雨の神様がいる。
小さな子供を連れた家族連れが行楽として気軽に登れる山にもかかわらず、考え得る限りもっとも容易なコースを選んだ。ヤビツ峠(761m)から標高差はわずかに760m、登りは休憩時間を含めて1時間半の行程。下りは阿夫利神社下社まで1時間強。まあ、どうにか頂上を踏んで、無事に帰ってきた。頂上を踏んだのは2003年9月の北アルプス・常念岳、蝶ヶ岳以来のことだ。
・・・ようやくここまで快復した^^
でもこれは第一歩。・・・夏までトレーニングを続けて、3000m級を目指す!
変わる富士山測候所
江戸川大学土器屋由紀子ゼミ編
(春風社:1,800円+税)
ISBN/ASIN:4861100232
富士山には登ったことがない。夏なら、いつでも登れると思って無視してきた。どうせなら雪のある時期に登ろうと計画したことはあったけど、わざわざ富士山でもないと先送りにしたままになっていた。・・・富士山は登るより、眺める山だという意識が足を遠のけていたわけだけど、山登りができなくなって、文字通り眺める山になってしまった。
富士山測候所には一度は行ってみたいと思っていた。もちろん、遊びに行くところではないから、仕事として取材に行くつもりでいたわけだけど、つくば市の気象研究所と高層気象台の取材だけで、富士山測候所にはとうとう行く機会がなかった。・・・いまでは無人になってしまったから、これからも行く機会はないだろう。
以前、富士山測候所から届くメールマガジン(たぶん私的なもの)があり、山頂の様子などを知らせてくれていた。この本には富士山での気象観測、大気化学観測に関係した人が何人も文章を書いているけど、その中にあのメルマガの発信者もいるのだろうか?
●3月26日 補足
この本、今後の富士山測候所の使い道について、いまひとつ歯切れが悪い主張をしている。大学のゼミが監修しているので、なにか問題があるのかと気になっていた。
すると、今日の朝日新聞にこの件に関係する小さな記事が載っていた。「極地高所研究の拠点に」と方向性は示されたけど、維持費を考えると、どこも引き受け手がないのだという。大気化学観測のためにも、いままで通り気象庁か、あるいは極地研あたりが運用してくれるのだと思っていた。
●いままでに読んだ山の本は「山の図書館・アメダゼ文庫」を見てください。
久しぶりに湘南の平塚に行った。もちろん仕事で行ったわけだけど、体調を崩してから行動範囲が狭まっていたので、ちょっとした気分転換になった。
雲ひとつない青空。空気が澄んで高い空。・・・駿河湾には金色のさざ波が光り、遠くに白い富士山が浮かんでいた。標高1500mに満たない丹沢の山々にも雪が積もり、きれいな輪郭を見せていた。
あくまで仕事で行ったので写真を撮るタイミングもなく、移動のクルマから眺めただけの景色だけど、やっぱり雪山はいいなぁ。・・・次のシーズンには体調が快復して、せめて丹沢でいいから登れるくらいになるだろうか?
フォト・ドキュメント 今西錦司
そのパイオニア・ワークにせまる
京都大学総合博物館編
梅棹忠夫、斎藤清明ほか著
発行:財団法人国際花と緑の博覧会記念協会
(紀伊國屋書店:2,800円+税)
ISBN/ASIN:4877381554
生態学者、人類学者としての今西錦司は、日本の霊長類研究の創始者として知られる。カゲロウの研究を通して、生物は互いに競争するのではなく、棲む場所を分け合い、それぞれの環境に適合するように進化していくという「棲み分け理論」を提唱。その後、ニホンザル、アフリカの類人猿、狩猟採集民の調査を通じ、人間社会、人間家族の起源について研究を行った。
というのは後付けの情報。
雨男が最初に今西錦司という名前を目にしたのは、登山家としての今西錦司だった。登山関係の本をたくさん読みながら、たとえば京都大学出身のジャーナリスト・本多勝一の著書や、日本のヒマラヤ登山に関する本などにその名を散見していた。そして、このサイトの本体コンテンツの山の図書館別館資料室「登山史年表」を作りながら、どういう時代に活躍した登山家なのかも知ることができた。
旧制第三高校で山岳部を創立し、南アの北岳バットレス初登攀、北アの剱岳・源次郎尾根と三ノ窓チンネ初登攀という輝かしい実績を残した。その後、京都大学に進み先鋭的なアルピニスト集団であった京大旅行部で活躍。さらに京大学士山岳会(AACK)を設立して終生そのリーダーであった。その間に、白頭山、大興安嶺への登山遠征。ミクロネシア、モンゴルでの学術探検など海外での業績を残した。
さらに、京大学士山岳会の目はヒマラヤに向く。1950年、フランス隊がアンナプルナI峰(8091m)に初登頂。このヒマラヤの8000m峰の初陥落の翌年には、京大学士山岳会の西堀栄三郎がマナスル登山の交渉のためネパールに入国している。そして、1952年秋には今西錦司を隊長とする京大学士山岳会マナスル偵察隊が出発。マナスル北東面の登路を探った。この後、日本のマナスル登山は国家プロジェクトとして日本山岳会に引き継がれていった。
・・・雨男のようなパイオニアワークとは無縁な素人登山愛好者がゾロゾロと列を成して山に登るなどあり得ない時代のことだ。しかし、日本で最初の登山ブームが起きたのは、1956年5月9日、第三次マナスル日本山岳会隊(隊長:槙有恒)が、念願のマナスル(8163m)初登頂に成功したことに始まる。無理矢理こじつければ、今西錦司のパイオニアワークのなれの果てが素人登山愛好者・雨男なのかも知れない。ってなわけないか^^; いまの百名山ブームを今西錦司が見たら、どう思うのだろうか・・・。
●いままでに読んだ本は「山の図書館・アメダゼ文庫」を見てください。
処女峰 アンナプルナ
最初の8000m峰登頂
モーリス・エルゾーグ著
翻訳:近藤等
(白水社:1,400円+税)
ISBN/ASIN:4560030057
名著であることは知っていたけど、何となく手が伸びず、いままで読まずにいた「処女峰 アンナプルナ」をようやく読んだ。
この本は、1950年(昭和25)6月3日、モーリス・エルゾーグを隊長とするフランス隊が、ヒマラヤの8000m峰・アンナプルナI峰(8091m)に初登頂したときの記録。これが、世界に14座しかない8000m峰に人類が初めて登った文字通りの快挙だ。この時の登頂者は、エルゾーグ隊長とルイ・ラシュナルの2名だが、今とは違い技術的にも装備的にも劣る時代のこと、壮絶ともいえる過酷な登頂だった。
名著は、内容/文章/翻訳がすべてそろって初めて名著といえるのだろうけど、こういうドキュメンタリーの強さは圧倒的だ。・・・もっと早く読んでおくべきだった。
いま雨男が2000mに満たない丹沢の山に登るとしても、同様に壮絶な登山になるだろう。脊柱管狭窄症という爆弾を腰に抱え、長い入院生活と運動不足で衰えた体力。そして、喘息による苦しみ。日常生活にも息を切らす酸素飽和度の低さは、あたかも7000mのアタックキャンプに沈殿しているかのようだ。
しかし、これを苦しみの果てに成し遂げたとしても「快挙」とはいわない。たとえ、個人的にどんなに嬉しかったとしても・・・。これはただの「愚行」に過ぎない^^;
そうはわかっているけど、やっぱり山に行きたいよぉ~^^;
●いままでに読んだ山の本は「山の図書館・アメダゼ文庫」を見てください。