09)神社のその他の最近のブログ記事

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samezuhachiman-hyakudo.jpg拝殿から5、6メートルのところ・・・灯籠と狛犬の間に百度石があった。
たぶん、いままで見かけた百度石の中で、もっとも拝殿に近い百度石だと思う。・・・反復横跳びのようにお参りをするわけにはいかないだろうけど・・・もし、お百度参りをするなら、この神社はお得かも知れない^^;

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富岡八幡宮は江戸勧進相撲発祥の地で、江戸時代は境内で相撲場所が開催されていたという。そのため、境内にはいろいろ相撲関連の石碑などが建っている。・・・まあ、あまり興味がないので、そういうことかという程度で・・・特にお参りもしないで、眺めるだけですませた^^;

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富岡八幡宮の大鳥居を入ってすぐ、左側に伊能忠敬の銅像が建っていた。平成13年の建立というから、古いものではない。
そういえば、伊能忠敬が測量を開始して200周年とかで・・・伊能忠敬ブームがあったような気がする。
伊能忠敬が日本の測量を始めたのは・・・けっこう年をとってからだったと記憶しているけど・・・その当時、この門前仲町に住んでいたらしい。そして、各地に測量の旅に出かける時、この富岡八幡宮にお参りしていたという理由で、この銅像が建ったのだとか。

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手水社にもウサギが居た。
この水は「幸運(開運)の霊水」だとかで、本殿玉垣の井戸の水だと書かれていた。

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拝殿の正面に、「百度盤」が立っていた。「百度石」はいくつか見たことがあるけど、百度盤ははじめて見た。
各段に20枚の小板が立っていて、そろばんのように小板の向きを変えて、お参りした回数を数えていく仕掛けらしい。
回数を数える方法として、小石をひとつずつ皿に移していくものなど、いろいろな仕掛けがあるけど、これはかなり合理的な仕掛け。それだけ利用者がたくさん居たということだろうか。

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境内の一角に旧本殿が残されていた。文化財として保存されているようだ。江戸時代の建物らしいけど、ウサギの彫り物が飾られているなど、昔からウサギを信仰していたらしい。案内板に「月待信仰」とあるから、このウサギって、お月様のウサギなのか・・・。
拝殿の左右にはお稲荷様があり、こちらはまだ現役の社で神様が中にいるらしい。お稲荷様なので、左右共に「商売繁盛」をお願いした。

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左右にお稲荷様を従えているとはいえ、幾重にも連なった鳥居は、全体がお稲荷様のような感じ。参道の端にある両部鳥居には「稲魂社」と書かれていた。
調神社の本殿が移ってから、旧本殿を含めてお稲荷様としたのだろうか?
両部鳥居に向かって左側すぐ近くに大きめの池があるけど・・・弁財天は祀られていなかった。ロケーション的には、弁天様が居てもおかしくないのだが・・・。

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旧本殿の参道近くに、かなり唐突に1体の石像が建っていた。大きな剣を持っているので、たぶん、調神社が祀っている素戔嗚尊ではないかと推測した。

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今井神社の境内は、先の東北太平洋沖地震で被災し、いくつかの灯籠が基礎石を残して倒れていた。他にもゆるんでいる灯籠があるのか、本来の参道は立ち入り禁止になっていた。
でも、境内の隅っこを歩けば、拝殿にお参りすることは出来た。

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荏原神社の桜の木の横に、恵比須様の像があった。「東海七福神」のひとつに数えられる神社なので、歴史のある像かといえば・・・意外に新しい^^; 小脇に抱えているタイが妙に可愛かったりする^^;
有名な桜のそばにあるから、いろんな人が写真を撮っていた。

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境内社?のひとつに、不思議なものがあった。社の中に、白馬の木造が納められていて、他に神様らしきものは何もない。
これだけ具体的な姿をしているのだから、絶対に、なにか由来があるのだろうけど、案内板がないのでなにもわからない^^; ・・・ネットで調べても、まったく情報がなかった。
佐野市の教育委員会、もうちょっとがんばって、案内板を設置して欲しいものだ。

鷲宮神社(栃木県佐野市犬伏上町)

金王八幡宮 茅輪(東京都渋谷区渋谷)

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本格的に神社に関心を持って、お参りを始めたのは昨年末からなので、詳しいことはよく知らないけど・・・最近、この茅輪をよく見かけるようになった気がする。
この神社はどうか知らないけど、最近の神社ブームのせいで、いろいろ工夫する神社が増えたからと言う感じがしないでもない^^; 実際、宮司さんの考えひとつで、いろいろ新しいことができてしまうらしいし^^;
・・・なんか、インフルエンザや肺炎なんかが流行しているから、茅輪はタイムリーではある^^ そういえば、予約したきりで、インフルエンザの予防接種に行っていないな・・・。

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境内の右手に、(たぶん)宝物殿と呼ぶのではないかという建物が公開されていた。江戸時代から明治時代にかけてのものらしく、絵巻物などが並べられていた。
その中に、「算額」が3点あった。以前、和算の勉強をしたときに、算額というものがあることは知っていた。でも、博物館以外で実物の算額を見るのは初めて。これはあくまでも展示だろうから・・・本来はどのように奉納され、公開されていたのだろうか?

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鳥居をくぐろうとすると、鳥居の真下、参道のど真ん中にどうどうと「百度石」が建っていた。まるで、車止めのような感じ^^;
この百度石を見るたびに思うのだけど・・・いまでも百度参りをする人っているんだろうか? 自分でしてみたいとは思わないけど、誰かがするなら、見てみたい気はする。

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鳥居をくぐった境内の右手に、13基の庚申塔が並んでいる。これだけたくさんの庚申塔が集められているのは初めて見た。それだけ、渋谷が開発されるにつれて、道ばたから撤去されていったということだろうけど。
案内板の撮影は手ぶれで失敗したけど、その案内板の最後に、庚申信仰については「庚申塔略記」を読めとあるけど・・・石碑を読めというのはちょっと無理があるような気がする^^;

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境内社の並びに、1基だけ庚申塔があるのを見つけた。かなり風化が進んでいたけど、両サイドに「見ざる」「言わざる」が彫られていたから、間違いなく庚申塔だと思う。
由来など説明は一切なかったので、詳細は不明。

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松陰神社の境内、参道の左右に同形の石灯籠が一列に並んでいた。
案内板を見ると、32基ある石灯籠は、松下村塾の門下生を始め、幕末維新時代の著名人からの寄進で、日本史の教科書に登場するような名前がずらりと並んでいた。やはり尊敬される先生とはすごいものだと思う。
それに対して、わたしが学んだ小中学の時の先生と来たら・・・打ち首になるのはいいとしても、死んでからこんなに慕われるような先生は皆無だからなぁ^^;;

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境内から吉田松陰の墓所に向かう途中、道ばたにうち捨てられたかのように「大黒様」が祀られていた。
説明書きは一切なく、なんなのか、全くわからないけど・・・。松田松陰と大黒様って、なにか縁でもあるのだろうか?

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松陰神社の境内に、吉田松陰の墓所があった。
「安政の大獄」で刑死したわけだから、東京に墓所があってもおかしくはないけど、事前に調べていたわけではないので、ちょっと驚いた。でも、案内板によると、この神社ができてから改葬されたとあるので、納得がいった。
でも、墓石が小さく、他の埋葬者と変わらないのが不思議といえば不思議。何か理由があるのだろうか。

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松陰神社拝殿の右奥に「松下村塾」があった。もちろん、オリジナルは長州にあるわけで、これはレプリカ。・・・想像していたよりもかなり小さくて質素な建物だった。小さな子供ならいざ知らず、大人が何人入れるのか思わず数えたくなるような狭さだった。

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拝殿の後ろ、境内社とご神木の間に、いくつかの石碑を収めた社があった。
いちばん右側の石碑は「鬼子母神」のような気がしなくもないけど、よくわからない。その隣には「弁財天」と彫られている。他のふたつは全く推測も付かなかった。
とりあえず、弁財天にお願いをすることにして・・・「お金が貯まりますように」とお願いをした。

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狛犬の横に、文字の彫られていない石碑のような石があり、案内板が建っていた。

「鉄砲石」・・・「幕末明治維新の志士等が品川宿御殿山の料亭観桜館の庭内で鉄砲の標的として使われていたと言われる石で弾痕が残る 一名鉄砲石と言う」とのこと(案内板の写真が手ぶれだった)。
幕末明治維新の志士等って、有名な人であれば、もっと人気が出てもいいものだけど・・・酔った勢いで鉄砲をぶっ放していただけなら・・・迷惑至極な話しに過ぎないのかも知れない^^;

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耳の欠けた狛犬の傍ら・・・日本の木の間に形見狭そうにして、百度石があった。
拝殿との距離は10数メートル。実際にお百度参りをする人がいるのかどうかは知らないけど・・・けっこう遠い。

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拝殿に向かって左側に、なぜか、お地蔵様があった。
案内板には、本来の由来は書かれていないけど、紆余曲折を経てこの地にたどり着いたらしい。

東京は何時巨大地震に襲われてもおかしくない土地なので、「地震が起きても自分だけは死にませんように」「他の被災者も命を落としませんように」とお願いをしておいた。

それにしてもなぜ・・・この平成の時代に・・・お地蔵様なのに・・・神社の境内に納まったのだろう?

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拝殿の左奥に、一山行者が使ったという井戸が祀られていた。
いまもちゃんと水が湧き出ていて・・・あまりの暑さに、思わず飲みたくなったけど・・・飲んでいいものかわからず、がまんした。
ちゃんと鳥居まであるけど、これって・・・境内社として扱った方がいいのだろうか?

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拝殿の裏に、長崎稲荷大明神を含む、大量の石碑が建っていた。
いくつか、案内板が立っていたけど、文字が小さくて読めなかった。

2010-07-29shiroganehikawa-omikuji1.jpg拝殿の真横に、堂々とおみくじの自販機が置かれていたので・・・7月16日の戸越八幡神社で引いてからまだ間がないけど、勢いで引いてみた。

末吉

戸越八幡と同じ。
いまはパッとしないけど、これからは良いことばかり起こるということ。そう理解しておこう。

願事に「驚く事あれどあわてねば叶う」とあるけど、「驚く事」って何だろう!? なんか不吉な予感がするのだけど・・・。


2010-07-16togoshihachiman-omikuji1.jpg拝殿の右側に、電動式のおみくじ自動販売機と、電動ではない普通の箱形のおみくじ販売機が並んでおかれていた。
ふだん、あまりおみくじは引かないけど、そんなに引いて欲しいのならと言うことで・・・電動の方から買うことにした。なぜなら、待機電力分だけ、こちらの方がコストが掛かっているのだから、それなりに売上がなければ採算が取れないだろうから。
100円硬貨を投入すると、電子音がして、おみくじが出てきた。
末吉
まあ、これからいいことがたくさんあるということだ^^


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栃木県川俣地方には、平家の落人伝説がある。そのため、平家塚や平家杉といった古跡が残されているけど、ものの観光情報ではこの塚を平家塚と勘違いしているものがある(もしかすると、平家塚で正しいのかも知れないけど)。
でも、案内板によると、「大将塚と呼ばれる墳丘(行人塚か?)」とあり、ハッキリしたことは分かっていないらしい。

墳丘の前には祭壇のようなものがあったから、何かご利益があるのではないかと思い、念のため「健康快復」をお願いしておいた。


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この愛宕山は、標高わずかに140メートル程度。登り口に当たる鳥居からの標高差は、ざっと30メートルというところ。
頂上までの道を登り、山頂が近づくと、大きな岩が見えてくると、3つの空っぽの社が点在していた。
ひとつは二連の社(写真上)で、あまり痛んではいなかったけど、中は空だった。二番目はかなり痛みが目立つ社(写真下)。三番目はさらに痛みが激しく、バラバラになりそうな感じ(写真なし)。
以前使われていた社がそのまま放置されるようなことが普通にあるのか分からないけど、中が空っぽなので、いまは使われていない物だと思う。


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御穂鹿嶋神社の鳥居の奥に、大きな茅の輪が設置されていた。
「茅輪くくり」という単語は知っていたけど、実際に見るのは初めて。この輪のことをなんと呼ぶのかも、正確には知らない^^; この輪をくぐると、病気にならないとか、病気が治るとか聞いたことがあるような気がしたので、有り難くくぐらせてもらった。
しかし、この輪をくぐる作法を知らなかったので、とりあえず、鳥居をくぐる時と同じように一礼してくぐっておいた。


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豊坂稲荷神社の境内はとても狭い。にもかかわらず、百度石があった。
拝殿との距離はわずか5、6メートル。普通の神社の百度入りとの距離の3分の1程度しかない。・・・これはかなりお得かも知れない。
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全く詳細は不明。
ネットで調べてもぜんぜん情報がない。

ただ、間違いなく石碑には「古墳」と書いてあるから、きっと、ここに古いお墓でもあったのだろう。もちろん、前方後円墳のような大きなものではないだろうけど。


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品川神社は「東海七福神」の発祥の地で、一般的にはスタート地点と言うことらしい。
ということで、第一京浜に面した一の鳥居横に、大黒天の像がある。
ものの本によると、東海七福神めぐりは、品川が東京に編入された頃に始まった云々とあるけど、そもそもどうして品川神社に大黒天があるのかは・・・よく解らない。

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品川神社の境内には、「東海七福神めぐり発祥の碑」というのが建っている。きっと、この神社がリーダーシップをとって、話をまとめるか何かしたのだろう。
あくまでも個人的なことだけど、私的には・・・七福神を一気に回るのは・・・しないだろうな^^;


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お参り前に手水を使おうとして、手水舎に近づいたら驚いた。接近した途端、龍の口から水が出始めた。・・・調べてみたら、左右にセンサーがあり、人が接近すると水を出す仕掛けになっていた。
よく、手水が使えない神社もあるから、こういう仕掛けが普及してくれればいいのだけど。節水にもなるし。
手水の横にカッパ、右センサーの横に亀がいた。


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拝殿におみくじの自動販売機が置かれていた。これは、ちゃんと電動で動く自動販売機だった。
でも、小銭が切れて、おみくじは買わなかった^^;


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品川神社の境内には、いろいろ石碑が建っていたけど、判読可能だった数少ない石碑。
説明が気によると、品川の宿では包丁たくさん使われ、たくさんの魚や動物が調理されたので、その動物たちを供養するために、品川区鮨商組合が立てたという。
・・・お寺に立てた方が似合いそうな気もするが^^;;


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浅間神社に向かって左手、富士塚の一画にカエルの像があった。
「無事に帰る」という・・・ありがちな・・・ダジャレだよな^^;
同じ縁起物が、大家石の産地にもあるようだけど、富士山と大家石は何の関係もないはず。このカエルは・・・大家石っぽいけど、微妙に違うような気もする・・・。
まあ、素性はともかく、「交通事故に遭わないように」とお願いをしておいた。


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富士塚の下山口近くに、洞窟状に掘られた穴があり、修験道の祖・役行者(役小角)の像があった。像でも、絵でも、役行者の姿を見たのはこれがはじめて。
一緒にいる2体は、角が生えているようなので、たぶん、役行者が使役していた鬼だろうか。

富士山信仰と言うことで、役行者を持ってきたのだろうけど、昔の人も粋なことをする^^


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一の鳥居をくぐって拝殿に向かう途中、左側に百度石があった。拝殿までの距離は20メートル近くあり、いままで見た百度石の中ではいちばん遠い。

それだけ、過酷な願掛けになると言うことだけど、この神社で実際に百度参りをいまでもする人がいるのだろうか? 個人的には、どこかの神社で一度試してみたいとも思っているけど・・・。


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白山神社にも、スピードくじ方式のおみくじの自販機?が置かれていた。このやり方でも、誤魔化す人がいないのは神社ならではのこと。
誤魔化しても、天罰が当たるとは思わないけど、少なくともご利益は得られないだろうし・・・。

神社がつるんでカルテルでも組んでいるのか、他の神社と同じく100円。
お賽銭以外に小銭がなかったので、おみくじは引かなかった。写真には写っていないけど、右横に「両替は致しません」という札が置いてあったので、くずしてもらうこともできなかった^^;;


2010-05-03kikunajinja-omikuji.jpg菊名神社の境内に、おみくじの自販機らしきものがあった。「らしきもの」というのは、どこも動作しないので、「機」と呼んでいいのか判然としないから。

左側のコイン投入口に100円玉を投入して、右側の四角い穴に手を突っ込み、商店街の大売り出しのスピードクジのように、中からひとつおみくじを取り出すという仕掛け。仕掛けというか、ルールというか。
これでも無人販売ができるのだから、やぱり自販機なのかも知れない。

なんとなく気が向かなかったので、おみくじは引かなかった。

2010-05-03kikunajinja-gamansama.jpg菊名神社の境内には、境内社なのかよくわからないモノがいくつか並んでいる。そんななかに、この「がまんさま」がいた。
何事にもガマンしていれば、そのうち開運するという・・・。
頭をなでてお祈りしろと書かれていたので、ピチャピチャと頭をなでて、「健康回復」のお願いをした。

こういう願掛け、お寺にはよくあるけど、神社にあるのは珍しいような気がする。

2010-03-28hikawajinja-omikuji1.jpg拝殿の右方向に社務所があったけど、人はいなかった。
かわりに、拝殿に「おみくじ」が無人販売されていた。100円。
100円を入れて、台から勝手におみくじを持っていく仕掛け。・・・代金を支払わずにおみくじを持っていく人はいないだろうから、こういうやり方でも問題はないのだろう。

せっかくなので引いてみた。
適当につまんだら、第四十六番というのを手にした。一応、「大吉」ではあったけど、細かく読んでみると、いまひとつパッとしないことばかり書いてあった^^;

2010-03-18kaichuinari-kanban.jpg皆中神社の二の鳥居の足下に、こんな看板が立てかけられていた。

百人町という場所柄・・・誤解をあえて恐れずにいうと・・・外国人の多い場所柄だから、神社に対する尊敬の念を抱かない人が多いだろうから、こういう看板が必要になるのかも知れない。でも、日本語で書かれた看板を、どれだけの人が読めるかは定かではない^^;
でも、日本人だって以前はたくさんの人が立ちションをしていて、それを防ぐために・・・効果の程は不明だけど・・・鳥居の絵を描いたりして、立ちションを防ごうとしていたのだから、似たようなものだ。まあ、この看板は本物の鳥居の足下にあるのだから、わざわざ鳥居の絵は描かれてはいないけど・・・。

そしてこれも付け加えておかないといけないだろう。この神社、こういう看板を出さないといけないほど、実際に立ちション被害が多いのだと思う。でも、これだけ雑然とした境内が、それを助長しているような気がする。きれいな場所をあえて汚そうという人は少ないだろうから。ポイ捨てのゴミだって、いくつかゴミが放置されている場所に、自然に集まるようにゴミが増えてくるわけだから。・・・だから、ぜひ、もう少し境内を整理整頓し、キレイに保って欲しいものだ。

2010-03-18kaichuinari-hyakudoishi.jpg雑然とした皆中稲荷神社の境内・・・大久保通りから入って右側に百度石があった。自然石に文字が彫り込まれたもので、回数を数える豆などを置く場所などの機能はない。

拝殿との距離は、わずか8メートル程度。ずいぶんと近い。
でも、この境内を歩いて、お百度参りしたいと思う人は・・・いないだろうな。
むしろ、ボランティアで境内の清掃をしたら願いが叶うとでもした方が、希望者は多いに違いない^^;

2010-02-22sengenjinja-mtemizu.jpg浅間神社の境内に入ってすぐ左手に、手水舎がある。その手水に「龍」がいて、すごくかっこいい^^

マイナーな神社では、手水が使えないことが多いけど、このクラスの神社はちゃんと手水が使えて、参拝前にお清めができる。
・・・手水の使えない神社って、お清めなしに参拝せざるを得ないけど・・・ご利益には影響しないんだろうか?

2010-02-22sengenjinja-hyakudoishi.jpg浅間神社の鳥居をくぐり、すぐ左側の足下に、百度石があった。言わずと知れた、お百度参りをする時の起点になるポイントを示すもの。
拝殿までの距離は、約20メートル。1往復で40メートル。100往復すると4,000メートル。・・・ただ歩くだけなら4km程度ならたいしたことはないけど、単調に往復を繰り返し、100回手を合わせるのはけっこう大変だろうなぁ。
いまどき、本当にお百度参りをする人がいるのかは知らないけど、切実なお願いなら、これくらいのことをする必要があるんだろうか。

この神社に百度石があると言うことは・・・1度だけお参りした程度で、ご利益を期待するなんて非常識だと言われているような気がしないでもない^^;


2010-02-20ootori-jihanki.jpg大鳥神社の拝殿のすぐ横に、おみくじの自販機があった。電光表示で、「お・み・く・じ」と一文字ずつ赤く表示されていく・・・。
1回200円。
コインを入れると、こんなおみくじが出て来た。機械音的には、シャッフルされた気配はない。

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まあ、こちらは、わずかなお賽銭で多大なお願いをしている立場で、いい悪いを言える立場ではないのかも知れないけど・・・やっぱり、ちょっとこれはどうなんだろうと思う^^;
せめて、本殿横ではなく、社務所側の方に設置して欲しかった。
アルバイトの女子高生巫女さんなんていう贅沢は言わないけど・・・せめて対面販売で買う方が、やっぱりご利益がありそうな気がする。


2010-02-20ootori-kirisitantourou.jpg大鳥神社のすみっこ・・・公衆トイレの横に、いくつかの碑と灯籠が立っていた。
そのうちひとつに説明板があり、「切支丹灯籠」というのだと知った。・・・まあ、そう言うことなのかと思い、ここのネタにしようと思ってとりあえず写真だけは撮った。

まあ、詳しいことは説明板を読んでください。

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2010-02-09katsuharajinja-bodaiju.jpg葛原神社の境内には、神社そのものに関する案内板はなかったけど、「品川区指定天然記念物」に指定された古木についての案内板があった。
根元から4本に別れていると書かれているけど、どう見ても2本にしか見えないのだが・・・。もしかすると、残りの2本は・・・朽ち果ててしまったのだろうか?

なるほど、これが「菩提樹」かと思って見上げても・・・すべて落葉して完全に丸裸^^;

こういう樹木を見るのは、やはり青々と葉の茂る夏にすべきなんだろうな。菩提樹を見るのは初めてじゃないはずだけど、葉の形も思い出せないし・・・葉がないと、どんな樹木なのか想像も付かない。
でも、夏場に神社をめぐって歩くのは嫌だなぁ~^^;


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なかなか可愛らしい説明。・・・実際にこのくらいの少女が、作法通りに手水を使っていたら・・・それはそれですごいことだろうけど・・・なんか、気味悪いだろうな。

手と口はキレイにできるけど、心はなぁ・・・^^; 50年も生きてると、いろいろ汚れてくるからなぁ~。

東照宮の「眠り猫」

2006-06-06nemurineko.JPG久しぶりに東照宮に行った。
普通に見て回ると、2番目に目にとまるというか・・・そこしか目に入らないというか、奥社への入口上の欄間にいる「眠り猫」に目が行く。この猫の裏には雀の浮彫があり、この猫は雀を狙っているとか、雀が近くにいても猫が寝ていられるほど平和な様子とか、いろいろな解釈がある。真偽はわからないけど。

でも、これだけは言える。
裏面の雀は、ストロボを焚かないと暗くて撮影できない。雀の浮彫の写真を掲載しているBLOGの運営者は、ストロボを焚いて撮影した人に違いない。ストロボ撮影が禁止されているのかいないのかは知らないけど、文化財に対する配慮の欠けた人ということがわかる^^; ・・・まあ、禁止されていなければ、普通、撮るけどね。他に撮るところもないわけで・・・。

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久しぶりに、東照宮に行った。
普通に見て回ると、最初に目にとまるというか、これしか目に入らないというか・・・神厩舎の「見ざる・言わざる・聞かざる」。実はこの浮彫は、サルをモチーフにしながら、人の一生のあり得べき姿を表現する連作のひとつに過ぎない。幼少期は、悪いことを見ない、言わない、聞かないのがいいという意味だそうだ。
でも、本当は、悪いことは「しない」というのが最初にないといけない。収賄疑惑で、国会の証人喚問で見られるような「見ざる・言わざる・聞かざる」は、人として最低の姿ではないか^^;

清水寺 地主神社の石

1983-09-04kiyomizu-jisyujinja-ishi.jpg清水寺にくると、必然的に立ち寄る地主神社。とくに、今日のようにWデートだと、そう言うことになる。
でも、この日の私の相手は、彼女の友人で・・・余りこういう形で盛り上がってはいけない関係だったりするのだが・・・^^;

よくわかんないけど、「この境内にある石まで目をつぶったまま歩ければ、意中の相手と結ばれる」とかなんとかいうんじゃなかったっけ?
私はちゃんとたどり着いたというか、この石に蹴躓いて、危うく転ぶところだった^^; 逆にこの石の立場から言い直すと、「不遜にも思い切り蹴飛ばされた」と言うことになる。・・・果たして願いは叶うのか?

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