012)墓地・お墓の最近のブログ記事
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世田谷の松陰神社にお参りに行ったら、すぐ横に桂太郎の墓所があった。Googleマップには載っていなかったので、ちょっと得した気分でついでにお参りした。
でも、桂太郎といっても・・・明治期の軍人、政治家で、たしか日露戦争の時の首相だったという程度の知識はあったけど・・・意外に地味なキャラなので、詳しいことは知らなかった。案内板があったけど、やっぱり、偉人としては地味キャラだということしかわかっらなかった^^;;
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江戸時代末期に日本全国を測量し、精密な日本地図を完成させた伊能忠敬のお墓。いまのお墓に比べて二回りほど大きく、重厚感あふれる堂々とした姿のお墓だった。
年老いてなお健脚だった伊能忠敬にあやかりたいと、「腰痛快復」「脚力回復」をお願いした。
この墓地には、他にも数名の有名人のお墓があるらしい。撮影したけど、面倒なので他はパス^^;
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遺言では、この地で神として祀られることで、家康自身が「八州の鎮守」となるのだそうだ。それが、江戸時代の繁栄と平和をもたらしたのかも知れない。まあ、この辺の話しは、江戸開闢に「風水」が影響した云々と、テレビ番組などでもよく紹介されることがある。本当かどうかはわからないけど・・・。
この一文を書くために、東照宮の公式HPを見たけど、どこにも「家康の墓」の紹介がない。墓は死体を埋めるところでご不浄だから、そう表記はできないんだろうな。それに、家康は権現様になっているわけだから、そもそも墓ではないわけだ。・・・ということで、奥宮の「銅宝塔」ということになる。
北京での語学研修が終わり、SLに牽かれる寝台列車に揺られ、南京に移動した。以後、南京、蘇州、上海を巡る卒業旅行。
広大な敷地に、広大な階段・・・その先に大きな陵がある。中国の清末~民初期の政治家・
だから、陵の中には孫文の棺が安置されている。
公的には、棺の中に遺体があることになっているけど、実際は遺体の保存状態がよくなく、別の場所に埋葬されたらしい。・・・中国の人が公然と言っていたから、本当のことかも知れない。
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北京の天安門広場中央にある毛沢東記念館は、記念館といいながら、中に毛沢東の遺体が安置されている。そういう意味では、一種のお墓。
定期的に中を公開しているけど、天安門広場にものすごい行列ができる。当然、撮影は禁止。
立ち止まることもできず、ただ通り過ぎるだけだったけど、透明なケースに横たわる毛沢東の遺体を、ちゃんと見ることができた。
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